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巣ツバメの最期

 明け方の五時までは、起きて仕事をしていたのだ。しかし、徹夜では今日の仕事に障ると考えて、二時間ほど眠ることにした。寝過ごしはしなかった。過日、ボクを襲った親ツバメの声と同じ、攻撃的な囀りに目覚めると、ツバメの雛一羽が玄関通路に落ちて息絶えていた。見上げると巣は壊れていない。これはめずらしいことだ。敷き藁や羽毛のようなものが、巣の中に盛り上がって見える。雛は五六羽いたはずだが、すべて喰われてしまったのか。それとも、中で死に絶えたか。
 再び親ツバメの威嚇する声に気づいて、電信柱を見上げると、カラスがそしらぬ様子で遠くを見ている。ツバメの襲撃など問題にしていない顔だ。こうして、今年のツバメの子育ては失敗に終わった。親ツバメは、これからどうするのだろう。雛がいなくなったはずの巣を訪ねては、またどこかへと飛んでゆく。そんなことを繰り返しているが、もうボクを威嚇することもない。六月二十七日の朝のことであった。
 六日後の朝、巣の真下にあるプランターの中に、まだ孵化していない卵をひとつ見つけた。ウズラの卵の三分の二ほどの楕円形である。ちなみに、巣の外形はまだ立派に整っている。

   半夏生咲きけり梅雨もほゞなかば  素十
  
by bashomeeting | 2011-06-29 14:35 | Comments(0)

「まゆはき」という銘菓

 二十六日に、六月の三度の日曜日を使った、『野ざらし紀行』の集中講義を終えた。最終日に、Aさんが「芭蕉の句がモチーフになっているお菓子がありました」と言って、「まゆはき」というお菓子をおすそわけしてくれた。山形市十日町の佐藤松兵衛商店の製造である。梅肉の甘い味付けがおいしい。原材料名をみると紅の花の色素も材料に入っている。言うまでもなく、「まゆはきを俤にして紅の花」(芭蕉・奥の細道)による命名である。今はちょうど花が咲くころであろう。

  同じ笠かむりて紅の花を摘む  渡辺そてつ
by bashomeeting | 2011-06-28 01:36 | Comments(0)
 愛されると短くなるもの、 ことば。
by bashomeeting | 2011-06-25 06:51 | Comments(0)
子が泣けば乳が張り来る雲の峰
いちにちを鎮めていたゐたり冷奴
病めば見ゆ来し方のこと冬日向
夢で逢ふひとはしづかや大根煮る
木の実など散らすままごとうつくしき
早蕨の京のことばで売られをり
踏めといふキリストの顔夏の月
十人の赤子のやうに桃届く
百年を立ち話して冬欅
散らかして片付けてをり十二月
七草の名のやさしさを洗ひけり
寒紅をさしてやる娘の成人す

〔解題〕井田美知代句集『雛納』。氏は若くして平井照敏の講筵に列して詩歌を学び、ほどなく俳誌『槙』に入会。照敏長逝による『槙』解散後は鈴木章和の『翡翠』同人。俳人協会会員。平井照敏が「序詩」として「ヘレン・ケラーの言語論」を寄せ、巻尾に鈴木章和による解題「光を包んだことば」、井田自身による「あとがき」がある。ふらんす堂、平成16年9月刊。
by bashomeeting | 2011-06-24 09:57 | Comments(0)

今日のツバメ

 ツバメの子はまだ鳴き声を立てるほどではないらしいが、餌を運んだり、糞をしたりする親ツバメの様子から、確かに生まれていることがわかる。今朝、玄関先の巣の下に立つと、いったん遠巻きにした親ツバメが、チチーと叫んでボクに攻撃を仕掛けてきた。今年の親ツバメは警戒心と負けん気が強くて、頼もしい。

   燕は巣作り校長忙しき   鷺 孝童
by bashomeeting | 2011-06-21 13:18 | Comments(0)
 すっかり世間に疎くなっているので、伝聞にすぎないが、最近の新聞や雑誌に、俳句・短歌や詩によって〈東日本大震災を詠む〉を詠むという企画が登場して、その是非について議論が絶えないという。その争点には、被災者でない者が震災を詠むのは不謹慎という道徳律が含まれるか。とすれば、それは詩歌を一人称のもの、自分のことを詠むものと矮小化してしまった「近代」という病理による。
   鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉   蕪村
 こんな句を引くまでもなく、詩歌は時空を簡単に超える。よって、詠む主題に他者が制約を与える必要はない。よい句が生まれれば(これがつねに難しいのだが)、作者も被災者もなく受け入れられ、共有される。自分の作品に対する褒貶には耳を傾ける謙虚さが必要だが、他者の詩歌の主題にとやかく介入してはならない。
 被災者の中には、ボクにも親しい人々が幾人もいるし、近々そうした話題を避けることができない仲間と句会も予定されている。よって考えを整理してみた。
by bashomeeting | 2011-06-20 11:00 | Comments(0)
 七月下旬に、埼玉の北本市で「芭蕉が教えてくれたこと―『おくのほそ道』に学ぶ―」という話をする。そのレジュメを作りながら、「限りはあるが、終わりのない旅」ということを結論にすればよい気がした。芭蕉は人生をそう見ていたと思う。

   紅花の紅くなりつゝある黄色    鈴木耕影
by bashomeeting | 2011-06-16 08:17 | Comments(0)
 近年名称を千早地域文化創造館と変えた千早社会教育会館(豊島区)には、「かげろう金曜会」という古典講読の会で二十四、五年にわたりお世話になっている。前任者のK先生が七年ほど受け持たれたというから、それを含めば三十年を超える。長いお付き合いである。
 今年の一月に、その創造館から「3月のカレッジ」という企画で、西行の話をしてくれと頼まれた。西行の専門家に頼んでみようかと言ったが、ボクでよいという。三十年の恩返しのつもりで引き受けた。「西行という存在」という題にしてもらった。西行その人もさることながら、その存在が後世に及ぼした影響力についてもふれたいと考えたからだ。「花と月を愛した歌人」という副題は創造館の担当者が決めたもので、その通りでなので、そのままにした。
 日程は三月の一日(火)・八日(火)・十五日(火)の全三回で、午後の二時から二時間の講座であったが、三回目は大震災後の計画停電のため、ボクの町から豊島区に出ることは難しく、ほぼ復旧するまで待ってもらい、二十九日(火)になんとか終えることができた。こうした講座は源氏物語と芭蕉がダントツの人気と聞いているが、聴講者が定員を超えてしまったのは、ちょうど花の季節であったせいか。
 まず、辻邦生の小説『西行花伝』、角川源義の句「花あれば西行の日とおもふべし」(西行の日)、坂口安吾の小説『桜の森の満開の下』、梶井基次郎の小説『桜の樹の下には』の話をして、そのイメージと影響力の強さを確認した。
 次に、西行を慕う人生を送ったという意味では誰にも負けないであろう芭蕉の作品を読んで、次の二首が近代に死のイメージを植え付けた桜(花)の意味を考えた。伊勢・吉野・涅槃会・宝物集・文覚上人・狂言綺語・本地垂迹・和歌即陀羅尼という言葉などを以て和歌を解説し、あくまで門外漢の想像と前置きし、日本歴史が桜を大切にしてきた理由のひとつに神仏の像を彫る材料に適していたことがあるのではないかと述べた。出版を「上梓」といい、梓の文字を用いるが、実際は桜の木が用いられたという事実に基づいたのである。

  ねがはくは花のしたにて春死なむそのきさらぎの望月のころ(続古今・雑上・春上)
  仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば(山家集・春)

 月の和歌を紹介するにあたっては、ひたすら月輪観という密教の基本行法に沿って選歌した。これは清浄な心の象徴として月輪(満月)を心に思い描く修行だが、恋の歌に月が頻出する理由も、その清浄のイメージによるものなのだろうと説いた。代表的な例歌をあげると次のようである。

     観 心
  闇晴れて心の空にすむ月は西の山辺や近くなるらん(山家集・雑)
  嘆けとて月やはものを思はするかこちがほなるわが涙かな(千載・恋五)
by bashomeeting | 2011-06-13 18:16 | Comments(0)
 「母」をめぐって、坂口安吾の作品を読み解いてみようと考えた理由は、「母」「母を殺した少年」「母の上京」など、母をタイトルに出す複数の短篇があるからだ。しかし、通読して驚いた。そのタイトルから読者が期待するであろう母は描かれていない。つまり、看板にだまされたという印象を持った。
 ボクは小説という言葉に〈小さな説〉、つまり〈人生に与えるささやかな回答〉という意味を与えている。その意味で、小説にはタイトルに答えるべきOne's opinion(view)が示されねばならない。しかし、先にあげた作品のどれにも、それがないのが不思議であった。
 そこで、もう少し作品の幅を広げてみると、「おみな」その他の作品にも母が紛れこんでいる。戸惑ったボクは、ひとまず拙速をさけて、ひとつひとつを分析してみることにした。
 まずは初期の「おみな」から。
 これは主人公である「私」が自分の「母」を語るかにみせて、「母」ではなく「女」を語るというものである。それは次のようなみごとな書き出しではじまる。

  母。―― 為体の知れぬその影がまた私を悩まし始める。

 だが、それに続く「私」と「母」の心理的な葛藤は、エゴ(自我)の芽生える十歳前後の少年の、ごく普通の反抗でしかなく、小説の展開としての次への期待を抱かせない。
 社会通念では、家の主は父性がになうというのが一般的である。だが実際のところ、母とは父以上に家そのものであろう。菊池寛の戯曲『父帰る』を思い出すまでもなく、父がどんな破滅の道を辿ろうとも、その家が崩壊することはない。しかし、母性の不在は家庭というものを成り立たせない。母とは常に家のすべてをぶち壊せる立場にある。
 こう考えているボクは、この作品の「母」に対する「私」の反抗にリアリティを感じない。古来愛憎はひとつのもので、家族に対する憎しみは愛の裏返しである。だから、この作品において「母」が「私」に加えるひとつひとつのふるまいは折檻のたぐいにすぎず、かつては家庭におけるごく普通の躾であったと思う。だから、それに過剰に反応する「私」は、「私」自身が書いているように、「お天気のいい白昼の海ですら時々妖怪じみた恐怖を覚える臆病者の私」であって、それ以上でも以下でもない。家族会議などという気持ち悪い言葉が存在する現代は少し事情が異なるかもしれないが、家庭に民主主義はないし、必要もない。あるのは母の命令だけである。
 作品は以下に、実は母を愛しながらも、手にできない愛を求める、孤独で臆病な「私」の、たった一人の理解者として、腹違いの姉を思わせぶりに紹介しながら、「母」の愛の代償として描かれる女性遍歴を正当化してゆく。しかし、そこにもプロットと言えるような結構はなく、破綻とも息切れとも思える結末が演出されるばかりである。こうした小説は、ボクの親しんできた小説の枠組みにはあてはまらない。だがもしかしたら、これが道化と和訳されるファルス(Farce)の実践なのかもしれないと話した。
 安吾のファルスについて、試みに柄谷行人の言葉を引けば「徹底的に合理的だろうとする精神が、その極限において敗北し(突き放され)、非合理を全面的に肯定すること」(ちくま文庫『坂口安吾全集Ⅰ』解説)である。それを「おみな」の中から抽出して例示すれば、「私」のために家出した女と「私」のところへ、母を慕う娘が訪ねてくる場面であろうか。「女は私の息苦しさを救うために子供の愛を犠牲」にして娘を追い返す。その一部始終を傍観して「私」は次のように総括する。「それからの数日、私達は一向語り合うこともなく、ただなんとなく茫然と暮していたが、決して正当に通じ合うことはあるまい二人の男女の心に、ある懐しい悲しさが通い、そして二人は安らかであった」。だが、安らかであり得た理由は「子供の訪れのセンチメンタルな出来事にはゆかりのない」事柄だ。「ある懐しい悲しさ」とは「愛し合うことは騙し合うことよりもよっぽど悲痛な騙し合い」であることを再確認したところに生まれている。「そのこと自体がもう大変な悲しさではないのか」と結ぶ「そのこと」とは見えてしまった虚無感とでもいえばよいであろうか、諦観といえばよいであろうか。
 諦観とすれば、人が欲望と感情に左右されて生きざるを得ない、救いようのない動物であるとする、親鸞の『歎異抄』や『三帖和讃』などの到達点に似ている。安吾のファルスはアテネフランセに学んで以後に身につけた知識であろう。だが、それは学生時代にインド哲学科に学んだ事柄、たとえば煩悩即菩提などという便法などと底辺でつながるものであった可能性もあろう。とすれば、後に説かれる『堕落論』の芽がここにすでにあったことになる。
 なお、ファルスという考えには、『源氏物語』や『好色一代男』を読むように、あるいは春画を見るように、読者にただ面白がられることを望む気持ちも含まれようとも話したが、これはさらなる追跡を済ませてから、あらためて指摘することになるだろう。

〔附記〕「坂口安吾と現代」は東洋大学のエクステンション講座Bという企画で、私の出番は平成二十三年六月十日(金)であった。
by bashomeeting | 2011-06-12 03:04 | Comments(0)
 ―― タニチサンノ所ハ、ドウシテソウイツモ忙シイノ?
 ある大学の研究者から、こんな質問をうけた。
 大学は企業の研究所とはちがって、ひとつのプロジェクトを実行するために必要かつ十分な研究者を揃えている組織ではない。よって、気の利いた仕事をしようと思えば、他の機関に所属する人材を求め合うことが不可欠である。そうして集まったプロジェクトの日程を立てる際に、ボクひとりの事情がわざわいして、なかなか予定が立たないことがあった日のことである。
 即答はできなかったが、思いたって、ノルマとして課される業務以外の出講数を、この三月・四月・五月の予定表から抜き出してみて驚いた。なんと十五回にものぼる。これでは落ち着いて机に向かう時間を捻出できるはずはない。ノルマ以外でも、業務に等しいものと言い聞かせて臨まねばならない仕事もあるが、自分の判断でお断りできる仕事もあるはずだ。しかし実際は、年に一度のつもりで依頼してくる先方の気持ちに負けて、引き受ける結果になっているのだろう。
 これからは、この出講回数を忘れないようにして、仕事を減らすべきであろう。自分の仕事の質をみずから問い続けるべきであろう。

  紫陽花に雨天曇天くりかへし   安田蚊杖
by bashomeeting | 2011-06-11 14:59 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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