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続々金魚と不条理

 前言を訂正する。水槽を載せている棚の下をそれとなくさがすと、黒猫に持ち去られたと思い込んでいた金魚が、なんと身体に土をつけて、時折ばたついている。一度は猫につかまえられたものの、幸い猫の手の届かない壁際に紛れこんだのであろうか。一瞬土中に葬ろうとも思ったが、水槽に戻してみると、思いのほか元気に泳ぎだす。居なくなったことを確認してから、すでに一時間以上経過しているから、果たして復調するかどうかわからないが、ひとまずホット胸をなで下ろした。
by bashomeeting | 2011-09-13 08:23 | Comments(1)

続金魚と不条理

 黒猫が味をしめて再来したらしく、いま見ると水槽の中には、例の一番弱々しい一尾が残っているのみであった。大きな石を水槽の蓋に載せることにした。
by bashomeeting | 2011-09-13 08:13 | Comments(0)

名月の客

 愚息を訪ねてくれる人があるというので、玄関の短冊を「この月を居待寝待と指を折り 素十」に掛け替えた。今宵は旧暦の八月十五夜。今年は幸いにして、居待ちや寝待ちの必要もなく、名月そのものをながめられることをよろこぶ。そして、その人が帰ったあと、仲秋の名月をひとりゆっくりとながめた。満月と仲秋の名月が一致するのは六年ぶりであるという。

仲秋の月の客とて一教師   海 紅
by bashomeeting | 2011-09-13 08:10 | Comments(0)

金魚と不条理

「意味のわからない俳句」というメモを書き終えようとするころ、家人に呼び出された。みると金魚の水槽の廻りが水浸しで、四尾いた金魚が二尾に減っている。大きな音がしたので玄関先に出てみると、ときどき見かける黒猫が走り去ったというから、彼がくわえて逃げたのだろう。蓋をしてある水槽の金魚が襲われるなどはじめてのことである。
 この四尾は六七年前の村祭りで娘がもらって帰り、自分の部屋で育てていたものだが、成長したので玄関先に大きな水槽を用意してボクが世話をひきうけたものだ。毎日みていると、四尾それぞれ性格のちがいがわかって、他をおしのけて餌をとりに来られない弱者をもっともいとおしんでいたのだが、それを含めた二尾が生き残っている。
 世の中、まことに何が幸いするかわからない。いや、何が幸いかわからないと言いかえるべきか。
by bashomeeting | 2011-09-13 08:06 | Comments(0)

意味のわからない俳句

 あたりまえのことだが、句会における互選で「意味のわからない句」は選ばれない。しかし、考えてみると「わからない」原因には作者の表現力が未熟である場合と、読者の理解力が不十分である場合とがある。このふたつの難題を抜け出す道はないだろうか。
 ボクが詠んだ近年の句に「柳井綾子といふ大慈石蕗の花」という句がある。これは柳井綾子という人を知らない読者にとっては、作者の身勝手な作品ということになろう。しかし、ボクはそれを承知していながら、なんとかして「柳井綾子」という名前をあからさまにして、謝恩の心をカタチにしたかった。
 そこで、この人を「大慈」と「石蕗の花」という二つの言葉から逆照射してみた。その評価は読者に任せるしかないが、作者と読者との間にこうした努力で橋を架けることはできる。ボクは読者にこの女性の微細を承知してもらおうとは思わない。「大慈」と「石蕗の花」とから髣髴とするものを感じ取ってくれるなら、作者としてはそれで満足である。
 俳句が伝えられることはこの程度のことだし、それで十分であると思う。
 九月十日(土)は俳文学会の東京研究例会で江東区の芭蕉記念館に出かけて、『おくのほそ道』平泉の章の「草青みたり」理解について日中の比較を試みる発表と、三宅嘯山の画賛についての発表を聞いた。翌十一日は東銀座で無花果句会。「意味のわからない俳句」はこの二日の刺激から思いついたメモである。
by bashomeeting | 2011-09-13 08:03 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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