海紅山房日誌

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あるがままとは思想である。ジネンを受け入れる覚悟であって、写生のことではない。いや、写生のこととしてもよいのだが、その場合の写生とは方法ではなく、思想である。
by bashomeeting | 2011-10-25 21:18 | Comments(0)
 三十一音(和歌)の上の句が分かれて十七音の詩をめざしたとき、和歌における知的遊戯であった修辞法は捨てられた。「あるがまま」という理念を掲げて、和歌で詠めないものも俳諧では詠めると説いた芭蕉にとって、和歌の修辞法(ことば遊び)は「あるがまま(かるみ)」追求の邪魔であった。
by bashomeeting | 2011-10-25 19:29 | Comments(0)
 詩とはMetaphor(隠喩)のことである。
by bashomeeting | 2011-10-17 02:57 | Comments(0)
 他分野の学会に呼ばれたり、論文を読む会で近代俳句の発表を聞いたりしていて、おおかたの人とボクとの間にある深い溝は、自然観の相違に起因するのだといつも思う。それを忘れないために、まず芭蕉のことばを書きとめておこう。この場合はジネンである。

自然 注曰従天謂道 従道謂自然矣   東野芭蕉桑門

〔書誌〕これは芭蕉翁記念館(伊賀市)が所蔵する芭蕉自筆一行物の全体である。
by bashomeeting | 2011-10-17 02:50 | Comments(0)

平井呈一と「うさぎや」

 例の俳文学会の折に、W大大学院のOさんが「この店の名前を見せたいだけの理由で、買って来ちゃった」と言って、阿佐ヶ谷の「うさぎや」という和菓子屋のどら焼きをくれた。この日に「平井呈一」に関する瓜生鐵二さんの研究発表があって、「うさぎや」はその平井ゆかりの店らしいのだが、会場校として右往左往していて瓜生さんの発表をしっかり聞いていなかったので、恥ずかしながら確かなことはまだわからない。分からないのに、どら焼きだけは家族とすぐに食べてしまった。「生ものですのでお早めにお召し上がりください」というシールが貼ってあったからだ。

〔平井 呈一〕明治35年(1902)~昭和551年(1976)。翻訳家・編集者・俳人。神奈川県平塚で生まれ、東京日本橋の養家で育つ。早稲田大学文学部英米文学科中退。俳句は河東碧梧桐門。永井荷風と佐藤春夫に師事し翻訳家となるも、荷風の好色小説『四畳半襖の下張』原稿を持ち出して筆写し回覧させるなどの行為によって師弟関係破局(『断腸亭日乗』・短篇「来訪者」)。翻訳は小泉八雲の全訳や海外怪奇作品が多い。弟子に紀田順一郎・荒俣宏・由良君美など。
〔うさぎや〕東京都台東区上野(当時)にあった和菓子屋で平井呈一親戚(実家)という。
by bashomeeting | 2011-10-14 18:41 | Comments(0)
先生、昨夜は十三夜
そして、今日は先生の十三回忌です
草庵の空に、澄みきった月が出ています
一昨日から今日まで、ボクが実行委員長をつとめて
俳文学会第六十三回全国大会をおこないました
この仕事は、ボクとしては先生の十三回忌を修することに同じでした
記念展示では、ボクがお預かりしている先生の遺品を少しならべました
この企画を俳文学者の仲間がほめてくれました
これでボクの今年は終わります
ではまた

   菊の香や奈良には古き仏たち  芭 蕉
   手燭して色失へる黄菊かな    蕪 村
   菊の香や頬伝ふものぬぐふとき 海 紅
by bashomeeting | 2011-10-10 19:30 | Comments(1)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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