海紅山房日誌

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 葛西駅を降りて、村愁君おすすめの「ちばき屋」で支那ソバを食べ、地図を片手に旧江戸川に向かう。東西線沿いを十五分もあるけば浦安橋であった。なんとも優しい橋の名前である。防潮堤工事一色の妙見島を哀しくながめて、川べりを歩く。西野屋・吉野屋という船宿の釣り船や屋形船を見て、堤に映えている野草の匂いをかぎ、石段に腰をかけて風に揺れるポピーのオレンジ色に酔ふ。帰途に立ち寄った公園で、巣作りにかいがいしく精を出す鴉の夫婦を眺めた。巣はたくさんの針金ハンガーを用いて、とても丈夫そうだった。

 「花は根に鳥は古巣に帰るなり春のとまりを知るひとぞなき」(崇徳院・千載・春)と詠まれた鳥の巣に季節は感じられないが、連歌・俳諧の歳時記類では春季としているものが多い。ただし、鳥によっては夏季であったり、無季とするものもある。崇徳の歌は〈いったい春はどこに帰ればよいのだろう〉という淋しい歌。

  春風の窓開け放ち待ちくれし    海 紅


〔妙見島〕東京都江戸川区東葛西3丁目の一部。旧江戸川の中州である。南北約700m、東西約200m。かつて徐々に移動していた時代があり、「流れる島」と呼ばれていた。今は護岸工事がおこなわれて、その全体が工業地。北側に妙見神社。千葉氏の守護神である妙見菩薩を祀る。すなわち南北朝(十四世紀)以降の記録にある由。江戸時代は行徳船の航路。馬琴『南総里見八犬伝』や周五郎『青べか物語』の舞台。ai君の話では、子どものころの妙見島あたりは、釣り糸を垂れると、じきにカレイ(鰈)なんかが釣れるところだったという。
by bashomeeting | 2012-04-30 11:50 | Comments(0)
この悲慘を予想していたのだとしたら、
それは悪事そのものである。
もし予想し得なかったのだとしたら、
それは想像力の貧困だから、
いまは、
ともに泣くよりほかはない。

  惜春や元々涙脆き僧    佐藤さとる
by bashomeeting | 2012-04-30 11:37 | Comments(0)

旧事追懐◆桑

揺籃は桑籠なりし兄妹       射場秀太郎
月よりも暗き提灯桑車       小林 波留
桑の爪左にはめて左きゝ     小林 敏朗
桑蔵の桑いつぱいの暗きかな  荒金 久平
桑蔵のおそろしかりし昔かな   逢坂月央子

〔来信往信〕
――質問です。
――オヤ!
――タイトルを「Stockholm syndrome」とした理由はなんでしょう。確か、立てこもり事件で犯人に共感する人質の心情を言った言葉だったと思いますが
――むかしのイヤな記憶が、なぜか懐かしい思い出に浄化されている(katharsis)。これはStockholm syndromeの一種とみるこも可能か、なんて、思って遊んでみました。誤解を生みそうだからおとなしく旧事追懐としましょう。
――なるほど、と思いましたが、すでに改題されていて、、、申し訳ありません。〈むかしのイヤな記憶が懐かしい思い出に〉なるのは、何年くらいかかるのでしょう。このところイヤな思い出が積み重なって心がどんどん重くなっていきます。
――年数ではない、たぶん。
by bashomeeting | 2012-04-27 11:48 | Comments(3)
1.机銘
2.机銘

1.間なる時は ひちをかけて 嗒焉吹嘘の気をやしなふ
2.閑なる時は 肱を かけて  嗒焉吹虚の気をやしなゐ

1.しつかなるときは  書を紐とゐて 聖意賢才の精神をさくり
2.静   なるときハ  書を紐解て  聖意賢才の精神を探り

1.静なるときは   筆をとりて  羲素の方寸に入
2.しづかなる時は  ふでを取て  羲素( )方寸に入

1.たくミなす   おしまつき 一物三用をたすく
2.たくみをなす  おしまつき 一物三用をたすく

1.高さ八寸 おもて二尺 両脚にあめつちの ふたつの卦を 彫にして
2.高 八寸 おもて二尺 両脚に天地の    二ツの卦を   彫にして

1.潜龍牝馬の貞に習ふ
2.潜龍牧馬の貞に習ふ

1.是をあけて  一用とせむや また二用とせんや
2.是を揚て    一用とせむや 二用とせんや

1.応蘭子求元禄仲冬芭蕉書
2.応蘭子求元禄仲冬芭蕉書

〔解説〕松倉嵐蘭所持の机に与えたと推定される芭蕉の文章(元禄5年11月推定)。題目「机銘」の「銘」は銘文の意。器物に彫って、そのはたらきを称える文章。『易経』による乾の卦(地に潜んで時節の到来を待つ龍)と、坤の卦(自分の力量を知って、従順に時機を待つ牝馬)の彫りものを読み取って、その机の功用を称える。真蹟は不明なので、1.『芭蕉庵小文庫』(史邦編 元禄九刊)と2,伝真蹟写し(伊藤松宇編『続蕉影余韻』所収 軸装)を並べてみる。

〔間・閑・静など〕 富山奏注(新潮日本古典集成『芭蕉文集』)は、「間」を「時間にゆとりがあり、ひまな時」、「閑」を「閑静な心境の時」、「静」を「あたりが静寂な時」と分けて解釈する。それに従えば、〈時間にゆとりある時はゆったりくつろいで気を養い、その結果として心穏やかに至れば、書物を読んで聖人賢人に学び、環境の静寂を得て書を学ぶ〉というふうに段階的な解釈がふさわしいということになる。これは「閑さや岩にしみ入る蝉の声」(『おくのほそ道』立石寺)の「心すみ行くのみおぼゆ」に矛盾しない。

〔嗒焉〕我を忘れるさま。
〔吹嘘〕ほっと息をつく。人心地がつく。
〔おしまつき〕机。和名(女房ことば)らしい。
by bashomeeting | 2012-04-23 18:02 | Comments(0)

文学なんて要らない

昨年の『中央公論』(11月号)は「文学なんて要らない!?」という特集を組んでいた。ちょっと見には衝撃的なタイトルだが、「!?」とつけてゴマカスあたりは、夕刊紙や週刊誌の見出しのようでいただけなかった。すなわち、わが老眼が「!?」を認識したのは、うっかり買ってしまったあとであった。

文学は昔から要らないものであって、「要らない」などと、あらたまって言挙げされずともよいのである。だが、これも昔からある話だが、「無用の用」つまり要らないものにもハタラキはあって、その世界に人生を捨てようとする者は古来跡を絶たない。要るか要らないかは自分で決めるのだから、「文学なんて要らない!?」なんていう威嚇や恫喝は大きな御世話であると言ってよい。

  漁師町らしく大きな蝿生まる   小佐野博史
by bashomeeting | 2012-04-23 11:56 | Comments(0)
1.事前に机を教室の隅に移動させ、人数分の椅子を出して置くよう、学生に指示する。
2.十二支の着ぐるみのお手玉を持参する(わが妹がわが子たちにくれたプレゼントだが、ほとんど未使用)。お手玉に限らず、卓球の球や、球技のボールなども考えられる。
3.学生を七人から十人程度のグループに分け、車座に座らせる。
4.無作為に抽出したお手玉を車座に投げ入れ、受け取った学生をそのチームの中心とし、お手玉の動物をチーム名とする。
5.中心の学生から左回り(あるいは右回り)に、順番に一言自己紹介をさせる(一言である点が大切)。
6.一巡後は、中心の学生から、再度、あるいはもう少し自己紹介をして欲しい仲間にお手玉を投げさせる。
7.受け取った学生は、姓名を繰り返したあと、さらなる一言自己紹介を加え、あらたな仲間にお手玉を投げ与える。これを繰り返して、相互に全員の姓名をおぼえるように指導する。
8.それぞれ、チーム内相互の姓名が言えるかどうかを確認し、班長を互選する。
9.班長会を編成して、一名をゼミ長とし、その他を副ゼミ長とする。
10.チームごとに、今年度の研究テーマを検討するように指示して、シラバスをスタートさせる。
by bashomeeting | 2012-04-23 11:26 | Comments(0)
煙が見えて、少しずつ機関車の音が近づいてくる。
――さみしくなったら、手紙をよこすんだよ。
妹はなにも答えない。
――手紙はさみしいときのためにあるんだからね。
妹は姉をみつめて小さくうなずいた。

  うつむきしとき赤き襟春の宵   実花
by bashomeeting | 2012-04-14 16:29 | Comments(0)
止まり木に腰をおろしたボクの耳に、女将がささやく。
――お隣の御夫婦は北海道の方よ。
――ほう。
――お孫さんの顔を見に上京されて、明日には帰るとか。
そう言って、この夫婦にボクも北海道出身であることを伝えた。
聞けば、道東の別海町で酪農を営んでいるという。北海道訛りで、懐かしくふるさとを語り合う。ホテルに戻るにはまだ時間があるというので、ボクは池袋演芸場をすすめた。取りには間に合う時刻である。お互い名乗ることなき出逢いであった。

  花一朶花一朶人皆老いし    素十
by bashomeeting | 2012-04-14 11:40 | Comments(0)

芭蕉追遠◆奉扇会案内

日時 五月十二日(土) 午前十一時
場所 義仲寺 
会式 神事・奉扇の儀・献花献茶・読経焼香・献句奉詠・風羅念仏踊り奉納
浄斎
俳句会 無名庵にて

               大津市馬場1丁目5-12
                  義 仲 寺
               phone 077(523)2811
by bashomeeting | 2012-04-14 11:13 | Comments(0)
 光について莫大な知識をもっていても、暗闇は照らせない。われわれの人生は暗闇なのである、概して。そんな中で知識の切り売りのようなことばかりしているインテリでは、我が身一つも癒すことはできず照らすこともできない、ということを痛感していた。哲学も宗教も科学も、真に照らす光は放っていない、光の知識をひけらかしてばかりいる。それでは間に合わないと、わたしは思って、じっと自分の身内を、その闇をのぞき込んでいたが、かなしいかな、わたしは、まだまだ闇そのものでしかなかった。自ら発光していない。なにも分かっていない。手を引いてくれているのはバグワンだけであった。


〔秦 恒平〕はた こうへい。小説家。昭和十年(一九三五)京都市生。同志社大学大学院中退。上京して出版社勤務。「清経入水」で太宰治賞。「廬山」で芥川賞候補。職を辞して、東横学園女子短期大学(非常勤講師)、東京工業大学(客員教授)を勤める。日本古典に詳しく、それをモティーフとした文章多し。谷崎潤一郎に傾倒、漱石『こゝろ』の解釈に新説あり、小森陽一説を評価。自著を「湖(うみ)の本」として会員頒布。この文章はその「湖の本」111、『千載和歌集と平安女文化 下』(平24.4.5刊)のあとがき「私語の刻」による。
by bashomeeting | 2012-04-09 19:03 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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