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海紅山房日誌

kaicoh.exblog.jp

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

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 昨日は卒業式だった。証書授与の席では、あいさつ(卒業生にむけて贈ることば)を、その年の学科主任が引き受けるのだが、昨日のAm先生の話はフランス文学専攻の学者にふさわしく、「カミユを教材にして不条理を考える」という内容であった。ボクも卒業生と同じ神妙な気持ちで聞きながら、この「海紅山房日誌」というブログをカミユの『異邦人』で始めたことを懐かしく思い出していた。それは平成十八年(2006)八月七日のことで、「やさしい無関心」という題目であった。早いもので、あれから六年と七ヶ月が過ぎた。卒業生に幸多かれと祈る。

  ものの芽の風にとかれて明るしや   海紅
by bashomeeting | 2013-03-24 10:44 | Comments(0)
 家人がすでに今年の鶯を聞いていると言っていたので、うらやましく思っていたが、今日ようやくボクにもその機会があった。犬の散歩で川べりを歩いて、ちょうど糞の始末をしているときに、竹林をぬける風に乗って、心なしか弱々しいが、明らかに数羽の鶯の声がはこばれてきた。初音といえば古来うぐいすの鳴き声だが、各人が初めて聞いた声を初音と決めてよいのだろうか。昔の人はそれが初音かどうかを、どのようにして判断していたのであろうか。

  二度三度初音をきゝて鍬高く      射場清子

 これはボクの愛誦句のひとつだが、この「初音」を鶯と決めつけることに多少の不安がある。花といえば桜という決まり事の国なのだから、気にするなといわれそうだが、この場合は少し違うような気がする。
 正保五年(1648)刊行の季寄せ『山の井』(季吟著)は「鶯」を立項して、その関連語に「金衣鳥、谷の古巣、初音、きゐる、さへづる、花に鳴く、竹に生ふる、笛、琴、歌、人く人く、法華経、三光に鳴く」などをあげているが、もしこうした記述を根拠にして「初音」を鶯と決めてしまったとすれば、軽率のそしりをまぬがれない。初音は鶯に限らないからである。傍題という語を誤用して、現在二万語を越えてしまっている季題(季語)を論理をもって整理しなければならない。その全体を異称(類義語)と関連語とに分ける元気ある研究者がでてきてほしいと思う。

〔付記〕
○松の上になく鴬の声をこそ初ねの日とはいふべかりけれ(宮内卿・拾遺・春)
○年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ(源氏物語・初音)
○鶯は時しり鳥、百千鳥、春つけ鳥(梵燈庵主袖下集)

 
by bashomeeting | 2013-03-21 20:03 | Comments(0)
   草庵
二もとの梅に遅速を愛す哉  (蕪村・安永3・甲午仲春むめの吟)

来不方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心(啄木・一握の砂)
by bashomeeting | 2013-03-19 09:43 | Comments(0)

教材◆閉関之説語釈

1.閉關之説=門を閉めて交流を絶ち、閑居することについての考え。
2.色=情欲。『論語』(季子第十六の七)に、若いときは情欲に、壮年には闘争心に、老いては物欲に注意せよという教えがある。
3.五戒=仏道における五つ(殺生・盗み・姦通・虚言・飲酒)の戒め。
4.あやにくに=ままならなくて。形動「あやにくなり」の連用形とみる。このあたり『徒然草』240段の影響下にある。
5.あはれなるかたがた=情趣豊かな側面(『徒然草』240段参照)。
6.くらぶ山=暗部山。闇部山。「暗し」の意味で諸々にあり、特定できないという。歌枕。梅の花は闇の中でもはっきりわかるという意の「梅の花にほふ春べはくらぶ山闇に越ゆれどしるくぞありける」(貫之・古今・春一)を踏まえる。
7.下ぶし=下臥し。物の下に臥すこと。ここは逢瀬。
8.おもひの外の匂ひにしみて=はげしく恋のとりこになって。
9.忍ぶの岡の人目の關ももる人=人目を忍ぶ恋を妨害する人目(『徒然草』240段参照)。
10.あまの子=海人(海士)の子。遊女。「白波の寄する汀に世を過す海士の子なれば宿も定めず」(和漢朗詠集・遊女)。
11.老いの身の行末をむさぼり=年老いてなお物欲にとらわれる(『徒然草』7段参照)。
12.人生七十を稀なりとして=「人生七十古来稀なり」(杜甫「曲江詩」)
13.はじめの老=初老。40歳(数え年)。昔は初老の賀として長寿を祝った。
14.くづほれて=衰弱して。
15.煩惱増長して一藝すぐるゝもの=「才能は煩悩の増長せるなり」(『徒然草』38段)。
16.溝洫=こうきよく。田の間のみぞ。
17.南華老仙=死んで仙人になった荘子の呼称(『三国志演義』)。
18.人來れば無用の辨有=『徒然草』170段参照。
19.尊敬=孫敬。「孫敬字は文宝、つねに門戸を閉ぢて書を読み、睡れば即ち縄を以て頸に繋ぎ、これを梁上に懸く」(『蒙求』)。
20.杜五郎=中国頴昌の人(『宋史』)。「門を出でざること三十年に及んだという」(『校本芭蕉全集』6)。「杜五郎とやらんをまなばねど、この山に入りてのち二十年にもなりぬらん…」(木下長嘯子『うなゐ松』)。
by bashomeeting | 2013-03-13 07:30 | Comments(0)
 舞台左右の端、観客からは見えない部分を舞台の袖(wing, offstage, backstage)という。高校時代のある時期から、そこがボクの居場所になった。そこで、舞台で演じられる芝居をながめ、メモをとったり、脚本を書いたりするうちに、一番居心地のよい場所になっていた。

 ブログを始めたのは、芭蕉会議を立ち上げた際にYmさんに勧められたからで、そこに顔写真を載せるのは、ネットの世界に詳しいNk君が、ブログはバーチャルな時空だから、読者の信頼を得るための社会的責任として、差し支えない範囲で素性を明かすべきであると説いたから。だから、顔写真を公開しているからといって、舞台に上がっているつもりは少しもない。要するに、ボクにとってのブログは、今までも、これからも〈A stage out of sight of the audience〉。

 それで、ブログ説明に 「思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません」と書いている。
by bashomeeting | 2013-03-11 10:18 | Comments(0)

教材◆閉關之説大意

 情欲は『論語』や仏教の戒めるところだが、なかなか戒めのとおりにはいかない。それで恋の世界にはあわれ深いことが多いのだろう。人目をさけて夜の山に入り、梅香につつまれ、契りを結んでは恋のとりこになる。その忍び逢いを引き止めるものがないと、どんなあやまちを犯すかわからない。遊女との恋におぼれて、家を売り、命を落とす場合も多い。

 しかし、年老いてなお長生きを望み、物欲にとらわれて、ものの情趣がわからなくなる場合と比較すると、恋路の方が罪はずっと軽く、許されてよいと思う。「人生七十古来稀なり」(杜甫「曲江詩」)というが、その歳まで生きるにしても、心身ともに充実しているのは、わずか二十年ほどだろう。初老とされる四十歳は一夜の夢のように、あっという間に来てしまう。そして、五十六十と年を取って見苦しく衰え、夜は早くに床に入り、朝は早くから目を覚ます、そうした老いの寝覚めの日々を送りながら、このうえ何が欲しいというのか。

 愚かな者ほど欲が深い。つまり、人が一芸に秀でてみえるのは貪欲が昂じた姿であり、利害得失の念を強めた結果といってよい。その一芸を生活の手段にして、しかし生かしきれないとなると、物欲にまみれた世の中を奔走したあげく、田圃の溝にはまっておぼれ死んでしまうのが落ちであろう。

 では老いの楽しみとは何か。それは荘子の言うように、利害を捨て、年齢を忘れ、心静かに身を処することであろう。人が来ると無用なおしゃべりをするし、こちらから出向いて、人の家業の邪魔になるのもいやだ。とすれば中国の孫敬のように、また杜五郎のように、門を閉めて一歩も外に出ないのが一番である。閑寂を友とし、貧しさを心の豊かさとして、五十歳の頑固一徹な男みずからこれを書き留め、自らの戒めとする。

  昼間にすぼむ朝顔のように、私も門の錠前を下ろして閑寂を楽しむことだ。
by bashomeeting | 2013-03-10 12:55 | Comments(0)
   閉關之説
 色は君子の惡む所にして、佛も五戒のはじめに置りといへども、さすがに捨がたき情のあやにくに、哀なるかたがたもおほかるべし。人しれぬくらぶ山の梅の下ぶしに、おもひの外の匂ひにしみて、忍ぶの岡の人目の關ももる人なくは、いかなるあやまちをか仕出でむ。あまの子の浪の枕に袖しほ(を)れて、家をうり身をうしなふためしも多かれど、老の身の行末をむさぼり、米錢の中に魂をくるしめて、物の情をわきまへざるには、はるかにまして罪ゆるしぬべく、人生七十を稀なりとして、身の盛なる事はわづかに二十餘年也。はじめの老の來れる事、一夜の夢のごとし。五十年、六十年のよはひかたぶくより、あさましうくづを(ほ)れて、宵寐がちに朝を(お)きしたるね覺の分別、なに事をかむさぼる。おろかなる者は思ふことおほし。煩惱増長して一藝すぐるゝものは、是非の勝る物なり。是をもて世のいとなみに當て、貪欲の魔界に心を怒し、溝洫におぼれて生かす事あたはずと、南華老仙の唯利害を破却し、老若をわすれて閑にならむこそ、老の樂とは云べけれ。人來れば無用の辨有。出ては他の家業をさまたぐるもうし。尊敬(孫敬)が戸を閉て、杜五郎が門を鎖むには。友なきを友とし、貧を富りとして、五十年の頑夫自書、自禁戒となす。

   あさがほや晝は鎖おろす門の垣  はせを
                    ―史邦編『芭蕉庵小文庫』(元禄九刊)による―

〔解題〕内容は元禄六年(一六九三)七月中旬から一ヶ月余り、芭蕉庵の門を閉めて、外部との交わりを絶った際の心境。「折々指出候而迷惑致候ニ付、盆後閉關致候」(元禄六・八・二十付白雪宛書簡)とあって、当時時々起こる持病に苦しめられていたことがわかる。『芭蕉庵小文庫』のほか、朱拙片『けふの昔』(元禄十二刊)・許六編『風俗文選』(宝永二自序)・土芳編『蕉翁句集』「雅二」(宝永六成)等に載る。
by bashomeeting | 2013-03-09 18:50 | Comments(0)

紅茶で温飩

 子どものころから料理が好きで、母親から「男は台所に立つナ」などと叱られたものだが、旨いものは自分で作るという気持ちは今も強い。今夜の食卓の隅に、誰も手を出さない残りものの温飩があったので、熱い紅茶を入れて、それを付け汁にして食べてみた。これがなかなか美味である。常識からはずれていることは承知の上で、これからさらなる工夫をしてみようと思っている。

  ふるさとに老いて茶籠を作りゐし    大倉峯生
by bashomeeting | 2013-03-08 21:14 | Comments(0)
 磐井さんのブログを覗いて関心をもつ人のために、春帖・歳旦帖・春興帖に関する導入教材を転載する。講義では、これらの資料を援用して、次のようなことを説いている。

1,江戸時代は撰集(anthology)の時代で、個人句集(individual works)の時代ではないこと。
2,蕪村春帖の魅力は、彼がいわゆる俳諧宗匠(業俳・職業俳人)ではないところから生まれたこと。
3,蕪村春帖の代表的なものは『夜半楽』で、そこに収める「春風馬堤曲」「澱河歌」「老鶯児」の三部曲は、停滞してゆく連句文芸の傍流で、蕪村の芝居好きが昂じた物語性や「仮名書きの詩人」的な教養、また御座敷歌謡などの享楽趣味も手伝って生まれたこと。ただしその享楽は禁欲との二重写しであり、その奥にたゆたう蕪村の孤影を見とどけるべきこと。

 教室で解説とともに参照するものゆえ不親切な点もあろうが、参考まで。

《春帖・歳旦帖・春興帖》の比較

《春帖》
①分類:年頭・春季を趣向とする俳諧撰集(歳旦帖・春興帖を含む)。
②刊行時期:新春
③編集時期:前年中に準備開始することがある。
④刊行者:俳諧宗匠(業俳・職業俳人)
⑤入集者:宗匠とその一門、知友
⑥内容:歳旦三つ物、歳旦引付(付載の三つ物や歳旦・歳暮句)
⑦特色:配り物→販売。装幀や構成に毎年同じ傾向あり。
⑧参考文献:田中道雄『蕉風復興運動と蕪村』(平12)

《歳旦帖》
1.分類:歳旦開当日の句帖。春帖の一つ。
2.刊行時期:年始
3.編集時期:前年中に準備開始することが多い。
4.刊行者:俳諧宗匠(業俳・職業俳人)
5.入集者:宗匠とその一門、知友
6.内容:歳旦三つ物、歳旦引付(付載の三つ物や歳旦・歳暮句)
7.特色:配り物→販売。装幀や構成に毎年同じ傾向あり。
8.其他:宗匠手書き懐紙を印刷(歳旦集、三つ物揃)したことに始まる。井筒屋が合冊して事業とし、年頭の縁起物として販売。享保以後は宗匠単独に刊行。
9.参考文献:雲英末雄『俳書の話』(平4)

《春興帖》
1)分類:春帖の一つ。
2)刊行時期:新春
3)編集時期:主に新春を迎えてから。
4)刊行者:俳諧宗匠(業俳・職業俳人)
5)入集者:宗匠とその一門、知友
6)内容:歳旦・歳暮吟、春興吟(蕪村『夜半楽』のような例外もある)
7)特色:少部数、配り本、多くは挿絵入り。装幀や構成に毎年同じ傾向あるが、歳旦帖に比べて趣向性が強まる。
8)其他:近世中期以降の夏興、秋興の小冊や一枚摺の流行を導く。

〔注〕
歳旦●●●元日を言祝ぐ句。試筆・試毫ともいう。
歳旦開●●●連歌俳諧の宗匠が設ける興行(event)の一つ。歳旦(句)の披露と歳旦三つ物が中心。
by bashomeeting | 2013-03-07 18:57 | Comments(0)
 筑紫磐井さんから久しぶりに便りあり。用件は、サイト「BLOG俳句空間」の中に「春興帖論」という宣言を付して、歳旦帖・春興帖というコンテンツを開いたので、温かく見守るようにというもの。研究というより、〈蕪村に倣って新生俳句の場を作ろうという趣旨〉であるという。

 早速覗いてみた。日付に「2013年3月1日金曜日」とあって、「平成二十五年 春興帖 第一」とタイトルされ、筑紫磐井・藤田踏青・福永法弘・早瀬恵子・網野月を・田中悠貴・前北かおる・山崎祐子・小川春休・杉山久子・後藤貴子・北川美美・月野ぽぽな・しなだしん・林雅樹・仲寒蝉という十六名の春興句が掲げられている。

 磐井さんの「春興帖論」は、蕪村七部集が門人の編集に成るのに対し、蕪村の春興帖が蕪村自身の企画・編で、きわめて趣向豊かな書物であることに注目する。そして「春興こそ蕪村のエネルギーであり、近代俳句の源流であったことに思いをいたし、平成の新風は春興帖に起こるべしと宣言して、この平成25年春興帖を始める次第である」という。〈あまり論じられることがないが、春興帖という環境がなければ「春風馬堤曲」は生まれなかったのかもしれない〉というあたりに、文化の仕掛け人(avant-garde)の磐井さんらしい思い入れが見えて、好ましく読み了えた。
by bashomeeting | 2013-03-07 18:48 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting