海紅山房日誌

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   自 嘲     魯迅
運は華蓋に交り何をか求めんとす
未だ敢へて身を翻さざるにすでに頭を碰つ
破帽に顏を遮して鬧市を過ぎり
漏船に酒を載せて中流に泛ぶ
眉を横たへて冷ややかに対す千夫の指
首を俯れて甘んじて孺子の牛と為る
小楼に躱れ進みて一統を成し
その冬夏と春秋とに管はん

▶▶▶「華蓋」はカガイで天蓋。「碰つ」はアツで打つに同じか。「鬧市」はドウシで繁華な街。「千夫の指」は大衆の声か。「孺子」は子ども、未熟者。「躱れ」はノガレか。「管はん」はカマワンで関わろう、満足しようなどの意か。吉野源三郎『職業としての編集者』(岩波新書)参照。

  麦飯を蔑みし過去麦の秋  海 紅


by bashomeeting | 2014-04-27 12:54 | Comments(0)
 春なり。巣も同じ。巣を去るは秋なり。帰るも秋なり。○つばくらめといふはきらふ詞なりと云々(産衣・元禄11)

▶▶▶今年のツバメは三月末にやってきた。傷んだ古巣に黒い土を運んで、修復を終えたのは四月十日過ぎであったか。その後カラスが二度襲来。めげずに巣を整え直して、このごろは毎晩帰巣する。おそらく卵を抱いているのだ。日中のそれとは異なり、真夜の寝覚め声のひそやかで愛らしいこと。彼らにも眠れぬ夜があるにちがいない。

by bashomeeting | 2014-04-27 04:31 | Comments(0)
我のみの柴折りくべるそば湯かな 蕪村(句集)
江戸店や初蕎麦がきに袴客 一茶(八番日記)

▶▶▶十二日(土)の白山句会は、Kさん、Mさんのお世話で深大寺と神代植物園を歩いた。終わって蕎麦屋「門前」(深大寺元町)で会食。芭蕉会議編集長の所望で、予定外の蕎麦掻きがふるまわれた。飲みものである蕎麦湯にくらべて、食べものの蕎麦掻きは贅沢なもの。そんな違いを理解するために蕪村と一茶の句をあげてみた。蕪村句には彼の好んだ閑居の味が出ており、一茶句には大都会で目撃したであろう晴れがましい人事がよく表現されているように思う。なお、ボクらの蕎麦湯はお店のすすめで焼酎を割って楽しんだ。蕎麦湯・蕎麦掻きともに冬季の横題(俳諧題)。

  髪白くなるまで生きて桜狩
  くちびるの厚き御影や春灯
by bashomeeting | 2014-04-13 17:36 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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