海紅山房日誌

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 七月十九日(土)の午後は俳文学会東京研究例会(於江東区芭蕉記念館)に出席して、ヤナギとツバメの句の輪講(不卜編『続の原』)で、「片沓の礼」という弓馬の故実(斎藤利綱著『家中竹馬記』)を教えられ、研究発表では『連歌八十体之書』という連歌式目書の成立について学んだ。
 会が終わって、大勢で懇親会に向かう途中に、マルケイ(江東区高橋14-21)という帽子屋があったので、ひとり群れを離れてふらりと立ち寄った。炎暑の季節を乗り越えるために、帽子を新調しなければならないと考えていたところに、ちょうど古風な小売店があるという幸運。店番の女主人とイタリアのボルサリーノの話をして、ボルサリーノを買うことに。もうすぐ夏休みである。

  夏の人空手来りて空手去る  高野素十

by bashomeeting | 2014-07-21 08:27 | Comments(0)
――俳句は一読、鮮明に伝わる。たとえ意味が伝わらなくても、はっと感じる。俳句が最短の詩型であるのは、その瞬間の出会いの愉悦なのだ。

→たむらちせいは俳人。俳誌『蝶』(高知県佐川町)を主宰して、現在顧問。樝(シドミ)は草木瓜・地梨の別名で環境依存文字。

by bashomeeting | 2014-07-21 07:01 | Comments(0)
 芭蕉さんの本業は俳諧です。今は俳句が主流の時代ですから、連句と言った方がわかりやすい。その連句とは当意即妙の知的な連想ゲームです。当意即妙は、その場にうまく適応したすばやい機転のことですネ。林家木久扇さんの代表的なギャクに「雨が漏りますね/や~ね~(屋根)」とか、「これは絵ですか?/えぇ(絵)」なんてのがありますが、これが対面する二人のやりとりなら当意即妙であって、木久扇さん一人でやるよりずっと高度でおもしろい。そして、その問いが「五七五」という韻律を持ち、もう一人の答えが「七七」という韻律を持っていると、その構造は芭蕉さんの本業である俳諧(の連歌)と同じなのです。

 都議会本会議のハラスメント発言で火がついて、民主主義の舞台がいかに乱暴で未熟なものかが露呈されていますが、最近の高知市議会ではこうした狼藉とは正反対の優雅なやりとりがあった、というと驚かれるでしょうか。四国は土佐に連句(芭蕉さんの本業)を愛する友人がいて、六月二十四日(火)の「高知新聞」を送ってくれました。そこに「よさこい談話室」というコラムがあって、この日は大山泰志記者の「連歌で返す初舞台」という文章でした。

 内容は、六月の高知市議会の最終日、四月に就任し、この議会がデビュー戦で、質疑応答を終えたばかりの谷智子という新教育委員長に感想を聞くべく、短歌が趣味の岡田泰司という議員が「水無月や言論の府よ答弁席」と五七五で問いかけたところ、新教育委員長は「ただ真っ直ぐに子ら思ひつつ」と七七で返答したというのです。教育委員長ですからね、ただ子ども達のことを思って答弁したヨ、と応じたのでしょう。これで治まると思いきや、岡田氏はふたたび「水無月や言論の府よ答弁席」と繰り返す。しかし新委員長はこれにも「どぎまぎするもお手柔らかに」と七七で答えて追撃をかわしたとあります。

 おもしろいでしょう、日本にはこんな文芸の歴史が古代から現代まで続いていまして、すなわち芭蕉の本業でありました。本日の私の話はこの芭蕉さんの本業を知らなければわからないものですから、話の枕に御紹介しました。ちなみに、大山記者さんには失礼ながら、コラムのタイトルの「連歌」は「俳諧」あるいは「連句」とするのが正しい。なぜなら、連歌は歌語(和歌に用いる言葉)を用いますが、「言論の府」「答弁席」などはそれに該当しません。芭蕉さんたちの文芸「俳諧」とか「連句」とあるべきではありました。

→これは、講演「芭蕉はなぜ旅に出たか」(群馬県立女子大学国語国文学会)の話の枕に用意したものである。しかし時間の関係で、講演後の懇親会の席上で披露。2014年 06月 30日の海紅山房日誌を参照。
by bashomeeting | 2014-07-08 16:03 | Comments(3)
 文における意味上・発音上の最小単位を文節(Phrase)という。
 
白山連句で「
師の在せば」歌仙を捌いている希望さんが、この文節の問題を取り上げて、短句(下句)を「4音3音」にしないという約束があると書いている。ずいぶん以前に千年氏が同じことを言っていた気がする。
 さて、この慣例は何を根拠にしていたか。記憶の糸をたぐり寄せると、古いメモに次のようなものがあった。
『四道九品』『肖柏伝書』はいずれも連歌書。こんな学習をしたのはずいぶん昔で、『連句辞典』からの孫引きかもしれない。いまそれを確かめる余裕なく紹介することをおゆるしいただきたい。

二五三四はよきなり、五二四三は悪しきなり(宗牧『四道九品』)
→短句の十四音で「2+5+3+4」の組み合わせは心地よく聞こえるが、「5+2+4+3」はよくないという意か。

山の遠きや「まづ+暮れぬらん」
 ことのほか句柄切れ切れにて聞きにくきや。
山の遠きや「夕べ+なるらん」
  のびのびとしてしかるべく候(『肖柏伝書』)
前者は「2+5」、後者は「3+4」の例。
by bashomeeting | 2014-07-08 09:35 | Comments(0)

Fish-eye◆ 中興俳論集へ

 菅原さんは『二十五条』の「○恋の句の事」が芭蕉晩年の付合と矛盾しないことを確かめて、次はどこへ向かうのだろうか。関心の発端は中興俳諧にあるようだから、古典俳文学大系14『中興俳論俳文集』(集英社) などによって「恋」の扱いを吟味して、ボクを刺激してくれることを期待しようと思う。
by bashomeeting | 2014-07-07 12:10 | Comments(0)
○恋の句の事
 恋の句の事は古式を用ひず。其故は嫁・むすめ抔、野郎・傾城の文字、名目にて恋といはず、只当句の心に恋あらば、文字にかゝはらず恋を附くべし。此故に他門より、恋を一句にて捨るといへるよし、恋は風雅の花実なれば、二句より五句に到る、といへ共、先は陰陽の道理を定たるなり。是は我家の発明にして、他門にむかひて穿鑿すべからず。

 これは『二十五条』の恋の記事の全文。試みに咀嚼して、現代語訳を施してみると次のようである。

 →蕉門では、恋の句は「恋の詞を用いる」という古式を採用しない。つまり文字や名称で恋かどうかを判断しないのだ。では何によるか。前句に恋慕の心があるかどうかによる。その心が読み取れれば、恋の詞の有無に関わりなく恋の句を続ける。こういうことをするものだから、他門では「蕉門は恋を一句で捨てるようだが、恋は風雅の花実(表現と心情の両面で大切に扱ってきたもの)なので、二句から五句続けるのが正しい作法」と言い返すが、「恋は風雅の花実」とか「二句より五句に到る」という教えも、基本的に恋(陰陽)のあるべき筋道を定めたものである(恋慕の情がある場合に限った話である)。(但し)この(恋の句はその情の有無で判断し、一句で終わってもかまわないという)教えは蕉門の新しい考え方であるから、他門に対してとやかく言い立ててはいけない。

 こうした拙訳の蓋然性を計るために、試みに「むめがかに」歌仙(『炭俵』)に取材して、恋の句の様子を探ると次の三例になる。
【例1】
6藪越はなすあきのさびしさ    野坡
7御頭へ菊もらはるゝめいわくさ  野坡
8娘を堅う人にあはせぬ      芭蕉
9奈良がよひおなじつらなる細基手 野坡

【例2】
25門しめてだまつてねたる面白さ  芭蕉
26ひらふた金で表がへする     野坡
27はつ午に女房のおやこ振舞て   芭蕉
28又このはるも済ぬ牢人      野坡

【例3】
34未進の高のはてぬ算用      芭蕉
35隣へも知らせず嫁をつれて来て  野坡
36屏風の陰にみゆるくはし盆    芭蕉

 まず古式とされる「恋の詞」の視点で言えば、8の「娘」、27「女房」、35「嫁」がそれに該当。この三例のうち、次句で恋を展開させる例は36(挙句)だけ。しかし、それは露骨な恋でなく、句意(前句と結んだ二句)によっていて、(挙句だから当然であるが)展開というより恋の場面を収束するものになっている。また、句意を吟味すると、8「前句の哀惜を箱入り娘の上に移した恋の始まり」、35「前句の貧乏を長屋の独身男の上に移した内々の婚礼」の二例には恋心が顕著だが、27「初午の祭礼(稲荷社)に女房の親戚を招いて振る舞う」趣向は、前句の「拾ったお金」に負っていて、強引に恋の情を読むべきでないことがわかる。とすれば、先掲『二十五条』の拙訳もまずまず及第点か。


by bashomeeting | 2014-07-07 11:52 | Comments(1)
 菅原麻衣さんの「『二十五条』考」という発表は人事の花とも言うべき「恋の句論」であった(東洋大学日本文学文化学会2014年度大会)。芭蕉晩年の弟子支考系に流布した『二十五条』は蕉門の実用書の最たるもの。本書を偽書とする従来の評価は芭蕉研究の視座から俳諧史を見下す態度(Eyes look down)である。山脈の頂点をつまんだ芭蕉・蕪村・一茶の研究は、こうした実用書をつきあわせて見えてくる俳諧史との相対化ができて、はじめて立ち上がるものであろう。連歌俳諧史から芭蕉・蕪村・一茶を差し引いて残るものを考えるのは、そのまま芭蕉・蕪村・一茶研究に他ならないのだ。ガンバレ、マイサン!
by bashomeeting | 2014-07-07 09:31 | Comments(0)
 蕪村の弟子几董の著に『附合てびき蔓』(天明6成立)という俳諧作法書がある。同門の初心者に向けた付合(連句)の案内書、つまり実用書である。ただし当然のことながら、本書に立項されるテーマのすべては、連歌から俳諧(貞門・談林・蕉風)の歴史を踏まえて、蕪村らに届けられた伝統的な詩論である。よって、俳諧史における『附合てびき蔓』の意義を説くためには芭蕉・宗因・貞徳とさかのぼり、連歌の世界を渉猟する必要がある。遠大なる課題だが、志とはそもそもそのようなもので、芯の強い者に課された仕事である。強くない者はズルクなるばかりで、よい仕事はできない。ボクはその部類であろう。


by bashomeeting | 2014-07-07 07:34 | Comments(0)
 ツバメの子が遊びに来ている。巣立ちは六月三十日(月)だから、二日ぶりの帰巣である。昨日の講義で、今年のホトトギスは終わったと話したが、今朝鳴きわたる声を聞いた。老鴬の声もまじって、心地よい朝である。

by bashomeeting | 2014-07-02 08:39 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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