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海紅山房日誌

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夢は実在である◆「藤娘」(blogマントうさぎ)を読んで

 今朝、アンコの入っていない鯛焼きのお腹のような時間ができたので、「マントうさぎ」〈http://mantousagi.exblog.jp/〉を開いて、「藤娘」(2014-08-03 )を読むことにした。すでに書いたかと思うが、このマントうさぎ氏には文体がある。つまり文章が脈打っていて、その相貌には散文詩の血が通っている。読み始めて谷崎の「春琴抄」を、読み終えて三島の「三熊野詣」の匂いをかいだ。読んでいただければ了解されることだが、読み終えた責任で、以下に感想めいた紹介を試みる。

 「藤娘」という文章は〈何もかもが夢のことのようだと思うことがある〉とはじまる。変化舞踊にふさわしい書き出しだ。その思いは琵琶湖畔の大津に越した妹を訪ね、ふたりで大津絵をさがしに出かけて「藤娘」の絵を買うことではずみがつく。「藤娘」の本名題は「哥へす哥へす余波大津絵」(かへすがへすなごりのおほつゑ)、作者には〈もの心ついた頃から「藤娘」と縁〉、つまり大津絵との縁があったのである。

 そして〈夢のことのようだと思う〉回想が描かれる。すなわち、幼少期から小学校まで、新しく造船所が作られた〈瀬戸内の小さな町〉で過ごしたこと、それは〈広島、長崎に原子爆弾が落ちて戦争が終わった年をはさんでおよそ10年の間〉だったこと、小学校入学の前の年に〈その社宅の庭で広島に落ちた原子爆弾の閃光とキノコ雲を見た〉こと、しかしその町では〈どこか戦争とは無縁なそこだけが一つの村のような隔離された暮らし〉をしたこと、その大切なものの中に、大阪からやってきた日本舞踊の先生について、芝居小屋で「藤娘」を踊るまでになったことがあること、終戦後はその〈芝居小屋の花道に座って、美空ひばりの映画「悲しき口笛」〉を観て、〈いつかひばりになる〉と誓い、戦後の動乱期にもかかわらず、〈父を説きふせて日本舞踊〉を続け、そして〈一度だけ大きな劇場で「藤娘」を踊った〉が、実は自分の「藤娘」に絶望していて、〈ひばりになる夢は、錯綜し、迷走〉しながらも縁づいて結婚、そして〈夢いまだに浮遊したまま、私は今老人である〉と展開する。

 作者は最近、夢のように美しい〈玉三郎、七之助の「二人藤娘」〉の舞台に自分の「藤娘」を重ねて、〈あれもこれも夢ではなかったかと思う〉と結ぶが、果たしてそうだろうか。〈遠い昔のこと、夢みて叶わないままの日々できごとの数々、めざめて、なんだかわからないが、いい夢をみていたような気がする〉と言い、〈そうでも思わなければ、あの日あのとき、たしかに踊った「藤娘」はどれもこれも無かったことになるように思えてくる〉と書く。だが、その夢や幻を実存(実在)と呼ばねば、ほかにそう呼べるものが、この世にあるであろうか。仕合わせなその境涯をねたましくさえ思う。


by bashomeeting | 2014-08-29 10:35 | Comments(0)

終戦の日に◆長谷川如是閑「戦争絶滅受合法案」

  霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし 市村 宏(『東遊』)

 終戦の日は例年、市村先生のこの歌を思い起こすことにしているのだが、今日は「東京新聞」2014.7.5(土)朝刊から、長谷川如是閑(1875―1969)の「戦争絶滅受合法案」の全文を転記しておこうと思う。月刊誌『我等』(第11巻、第1号)の巻頭言で、昭和4年(1929)1月号所収。転記に際し、原文表記のママを心掛けたが、辞書の都合で通行字体に改めたものもある。なお、原文箇条書き五の「召集後」には、強調する意図で傍点(黒丸)がついている。

     戦争絶滅受合法案
 世界戦争が終つてまだ十年經つか經たぬに、再び世界は戦争の危險に脅かされ、やれ軍縮条約の不戦条約のと、嘘の皮で張つた太鼓を叩き廻つても、既に前触れ小競り合ひは大國、小國の間に盛に行はれてゐる有樣で、世界廣しと雖も、この危險から超然たる國は何處にある? やゝその火の手の風上にあるのはデンマーク位なものだらうといふことである。
 そのデンマークでは、だから常備軍などゝいふ、廢刀令以前の日本武士の尻見たやうなものは全く不必要だといふので、常備軍廢止案が時々議會に提出されるが、常備軍のない國家は、大小を忘れた武士のやうに間のぬけた恰好だとでもいふのか、まだ丸腰になりきらない。
 然るに氣の早いデンマークの江戸ツ子であるところの、フリツツ・ホルムといふコペンハーゲン在住の陸軍大將は、軍人ではあるがデンマーク人なので、この頃『戦争を絶滅させること受合ひの法律案』といふものを起草して、これを各國に配布した。何處の國でもこの法律を採用してこれを勵行したら、何うしたつて戦争は起らないことを、牡丹餠判印で保證すると大將は力んでゐるから、どんな法律かと思へば、次ぎのやうな條文である。
  『戦争行爲の開始後又は宣戦布告の効力の生じたる後、十時間以内に次の處置をとるべきこと。
  即ち左の各項に該當する者を最下級の兵卒として召集し、出來るだけ早くこれを最前線に送り、敵の砲火の下に實戦に從はしむべし。
   一、國家の××。但し△△たると大統領たるとを問はず。尤も男子たること。
   二、國家の××の男性の親族にして十六歳に達せる者。
   三、総理大臣、及び各國務大臣、并に次官。
   四、國民によつて選出されらたる立法部の男性の代議士。但し戦争に反對の投票を爲したる者は之を除く。
   五、キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、其他の高僧にして公然戦争に反対せざりし者。
   上記の有資格者は、戦争繼續中、兵卒として召集さるべきものにして、本人の年齡、健康狀態等を斟酌すべからず。但し健康狀態に就ては召集後軍醫の檢査を受けしむべし。
   上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、戦争繼續中、看護婦又は使役婦として召集し、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし。』

 これは確かに名案だが、各國をして此の法律案を採用せしめるためには、も一つホルム大將に、『戦争を絶滅させること受合の法律を採用させること受合の法律案』を起草して貰はねばならぬ。                                         ――如是閑――




by bashomeeting | 2014-08-15 10:45 | Comments(0)

Review◆俳句という器を考える

  梅雨空に「九条守れ」の女性デモ

 この句は公民館便りの俳句コーナーに掲載される予定だったが、公民館の判断で削除された、つまり不掲載という措置がとられたという。「新聞紙上でご存じと思いますが」と言って、戦後世代という意味では同世代のzumiさんが、こんなニュースを教えてくれた。

 新聞によると、話題の公民館はさいたま市三橋公民館(大宮区)で、削除した理由は「句の内容が公民館の考えであるかのように誤解されては困る」というもののようである。いまこの国を動揺させている集団的自衛権問題に過剰反応したのだろうが、公民館は市民の学習を奨励し、言論の自由を保障する場所だから、これは暴挙以外のなにものでもない。社会教育法に照らしても、この公民館の見識は悲しいほどに低く、結果としてきわめて大きな問題を露呈してしまった。案の定、この公民館の対応を憂慮する100人を超える集会がもたれたと聞く。それもまたきわめて自然で健全なことと言ってよい。

 そのことを認めた上で、俳句という器は、こうした「考え」を盛りつけるには不十分な詩型であることを確認しておきたい。これは俳句を指導する立場にある人が、常に心得ておかねばならない常識である。近代俳句史に新興俳句弾圧事件のような哀しみがあったことを忘れてはならない。この事件は言論の弾圧という問題以前に、作者も権力者も、俳句という器のなんたるかを知らなかったという、無知による悲劇である。

 俳句は、政治的な主張と読み取れる表現はむろんのこと、交通安全の標語にさえ向かない調べである。俳句は「考え」を述べるには不十分な詩型であること、ものごとを諦め、そぎ落とした上ではじめて輝く詩型であることを忘れないようにしたい。自己主張が目的なら、俳句よりもっと、モット、Mottoふさわしい方法があるではないか。芭蕉・蕪村・一茶なら、そのように言うであろう。俳句とは、「世俗」をぬけ出て「いのち」をよろこぶための器なのである。


by bashomeeting | 2014-08-04 16:08 | Comments(2)

道の日記といふもの◆奥の細道論争――旅立ちの千住――

 目新しいことではないのだがと言って、hiroさんが「奥の細道旅立ちの地はどこか」という25年に及ぶ「千住論争」なるものの存在を教えてくれた。『おくのほそ道』で、舟で隅田川(墨田川)を出発した芭蕉は千住の北岸(足立区)に上ったか、それとも南岸(荒川区)に上ったかという問題のようだ。
 しかし、芭蕉の紀行で旅の事実を書こうとしたものはない。だからこれは『おくのほそ道』や芭蕉の問題である以前に、人文地理学の問題というべきである。今年は芭蕉生誕370年で、没後320年。各地で記念の文化的な企画が進められているが、こうした埒のあかないテーマで社会の関心を集めるのは不毛なことと言うべきだろう。

→そもそも、道の日記といふものは、紀氏・長明・阿仏の尼の、文をふるひ情を尽してより、余はみな俤似かよひて、その糟粕を改むる事あたはず。まして浅智短才の筆に及べくもあらず。その日は雨降り、昼より晴れて、そこに松あり、かしこに何といふ川流れたりなどいふこと、たれたれも言ふべく覚え侍れども、黄奇蘇新のたぐひにあらずばいふことなかれ。されども、その所々の風景心に残り、山館・野亭のくるしき愁ひも、且つは話の種となり、風雲の便りと思ひなして、忘れぬ所々後や先やと書き集め侍るぞ、なほ酔へる者の妄語にひとしく、いねる人の譫言するたぐひに見なして、人また亡聴せよ。(『笈の小文』紀行論)


by bashomeeting | 2014-08-04 14:47 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。
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