人気ブログランキング |

海紅山房日誌

kaicoh.exblog.jp

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

<   2014年 09月 ( 16 )   > この月の画像一覧

俳誌『たかんな』9月号が届いて、前表紙見返しの「倶子 今月の俳句―九月」欄をまず読む。そこに吉田千嘉子氏の解説で掲出句がある。句集『清韻』所載。旅先で袋廻しによる句だという。袋廻しは俳句遊びのひとつ(方法は別掲)。「夕さり」という歌語に支えられて和歌の趣を醸し出している。
by bashomeeting | 2014-09-10 08:13 | Comments(0)
 よくない予報で諦めていた昨夜の明月、今宵の十六夜を見ることができた。いずれも雲から出たり隠れたりして乙であった。今月四日と五日の間に夢枕に出てきた人も、月光をこぼしかねているこの空を仰いでくれているだろうか。

  月の海月の野渡り妻がりへ     村松 紅花
  機関士に明るき月の牛久沼    佐怒賀ひかる
  月をがむことを母より教はりし   堀前 恵子
  美しき月なりければ泊め申し    石井 双刀
  湖の月の明るき村に住む      高野 素十
  選びたる大きな芋を月にあげ    鈴木 雨滴
  蜘蛛の巣に蜘蛛の出てゐる良夜かな 沢井山帰来
  

by bashomeeting | 2014-09-09 19:15 | Comments(0)
 六日(土)の論文を読む会は安居正浩さんが〈芭蕉の俳文「紙衾の記」を読む〉というテーマで、この作品が出来る前後の作物を、講義のように、読み聞かせのように、丁寧に話をしてくれた。芭蕉について知りたい人が、すべて芭蕉に詳しいわけではないことを踏まえた配慮であったろう。
 後半にいたり、感想を述べあう時間になって、ボクもいくつかの思い込みを述べた。箇条書きすると、以下のようである。

1)はっきりしていない「俳文」の定義をするために、ボクは歴史における「うたの誕生」から説き起こすべきだと考えていること。
2)ボクがこの作品を愛する理由は、『去来抄』の「先師評」「同門評」や『旅寝論』、そして『三冊子』などもふれている「あだ」なる風がよく出ていると思うからである。
3)「あだ」なる風は「無邪気でユーモラスな詩趣」(『総合芭蕉事典』)と説かれるが、「小児のごとき無心な態度から生まれた」(同)という説明では不足で、「貧」や「わび」という世界と深い関わりを持っていること。すなわち、「軽み」という世界の奥行きを広げる大切な作風であること。それは、芭蕉が竹戸に〈なぜ紙衾を与え、「紙衾の記」を与えたか〉ということと無関係ではないと思うこと。
4)ボクらが従うべき心掛けも、こうした芭蕉の晩年にあること。


by bashomeeting | 2014-09-09 11:32 | Comments(0)
墓参する道に菜の花咲きをれば遠回りして海沿ひに行く
母の手をとりて繰言しばし聞く子守歌のごと昔偲びて
母似とぞ言はれたりける手鏡に映れる顔に「会ひたい」と言ふ
宮島の赤き鳥居を眺むれば遠足の日のなつかしきかな
思ほえずウクレレの音に想ひ出づハワイにピアスあけしことなど

▶▶六日の論文を読む会で、作者に託されたと言って、山茶花さんが高須賀志津子歌集『身のほとり』をくれた。平成二十四年六月刊、私家版である。彼女にお目にかかることがなくなって十年以上になるであろうか、所収歌はそれ以後の暮らしを詠んだものと思われる。井本昌樹氏が筆をとる「『身のほとり』によせて」に「短歌は人の体温にいちばん近い詩型と言われる」と書いているが、まるでお付き合いが続いているかのように為人が伝わってきて、なるほどと思う。作者は書を能くし、かつて自筆自画の扇をいただいていることを思い出した。
今思えばそれがお別れのサインであったか。扇面に次の拙句をしたためてくれたもので、天下一品とあっては普段使いもままならず、大切にしまいこんだままであった。

  本当は
人間が好き杜鵑  海紅


by bashomeeting | 2014-09-08 14:30 | Comments(0)
見慣れたる屋号を囲む秋思かな  小野裕三
藤圭子死にたる夜の蘆火かな   福永法弘

▶▶筑紫磐井さんから「BLOG俳句空間媒体誌」(刊記)と定義する『俳句新空間』№2(豈の会 平26・8)をいただいた。春興帖という趣向が新風を産み出すというコンセプトの成果の一例(「筑紫磐井◆春興帖論を読む」、blog「海紅山房日誌」参照)。曇り空で、今夜の仲秋の明月は見られそうにないから、「秋興帖」の選句欄から二句を紹介してみた。「見慣れたる」という句は磐井選の一句で、古風だが安定した景情、「藤圭子」の句は北川美美選の一句で、個人的なこだわりで掲出した。藤圭子さんは平成二十五年八月二十二日没。没後の世間を野分のない稲田、嵐の吹かないヨークシャーのように淋しがっている人はたしかにいる。


by bashomeeting | 2014-09-08 11:08 | Comments(0)
夕月やしっかりするとくたびれる
寒ければ着重ね恋しければ逢う
初恋のあとの永生き春満月
相談の結果今日から夏布団

▶▶坪内稔典・中之島5編『池田澄子百句』平成26年8月刊、創風社出版。編者が選ぶ百句の一つ一つに、読者による解説文を添える体裁。帯にある「表現されているままに読む」「澄子を知らなくても読める」がこのシリーズのコンセプトであろう。著者の池田澄子さんは鎌倉生まれ。阿部完市、堀井鶏、三橋敏雄らの俳風を背景に持つらし。「じゃんけんで負けて螢に生まれたの」という口語調の句で知られる。「船団の会」「豈」などで活躍。


by bashomeeting | 2014-09-08 09:27 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting