<   2015年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 「マッサン」という連続TV小説のおかげで、ウィスキーをちびりと呑むことを覚えた。友人が上半分のくびれたテイスティンググラスをくれて、「シングルモルトは、このグラスを立ちのぼる香りを愉しむのだ」と教えてくれた。自宅でウイスキーを呑むなど数十年ぶりのことかもしれない。

春宵の盃を措くこと勿れ    高野素十


→蘇軾の七絶「春夜」は以下の通り。春宵一刻値千金 花に淸香有り月に陰有り 歌管樓臺聲細々 鞦韆院落夜沈々

********************************************************
by bashomeeting | 2015-04-27 08:09 | Comments(0)
 旧臘であったか、娘が「水戸の本格芋焼酎」と銘打つ酒をたずさえて戻った。「水戸農業協同組合・水戸市特産農産物等推進協議会共同企画」とある。中に「一人笑」「二人笑」「三人笑」という各々300㎖の三種の酒が入っていた。「一人笑」は「たまゆたか」を原料とする上品な甘味、「二人笑」は「いずみ十三号」を原料とする爽やかな余韻、「三人笑」は「ひたちれっど」を原料とする、華やかでフルーティな味わいが特徴だという。特急電車の名前のような「たまゆたか」「いずみ十三号」「ひたちれっど」は水戸名産「三色干し芋」の原料。立夏を前にこの空き箱を捨てる決心をしたので、ここに記録を残す。話し相手との関係を示す「人称」の「称」を「笑」に言い掛けたところに、酒席を想像させる冴えがある。

湖に鳰のちひさき暮春かな    金田けんじ
行春や帰国の望みなく妻と    相田 苔蘆

********************************************************
by bashomeeting | 2015-04-27 07:24 | Comments(0)
 ボクの俳句は常磐線沿線に住む素十・紅花門の人々に育てられた。彼らは虚子の教えを支えに、ひたすら句作する人々であったが、それは近代俳句史の表舞台とは距離を置く人々でもあった。「世に出ようとしない」という意味である。
 昨年の十一月二十九日(土)と十二月六日(土)の二日間、日立のとある生涯学習センターから県民大学講座の依頼があって、「たしなみとしての俳句 ―心あたりのある風景―」という全十時間のカリキュラムの講師をした。企画担当のkunikoさんから、「東日本大震災後の県民に日本文化のおもしろさに気づく機会を提供して、生き生きと前向きに、生活に張りが出るような手伝いをしたい」、「俳諧の歴史や先人の作品の味わい方、楽しみ方を学んで、自ら俳句を作る生活に結びつく話をしてほしい」と説き伏せられた。
 俳諧の歴史を講じるのが主目的なら、すぐれた研究者を紹介できると思い、固辞もしたが、「俳句を作る暮らしを身につけて、震災後の生活に元気を取り戻したい」と言われると断れなくなった。俳句を作る愉しみを伝えるのが最終的な目的なら、実作と研究の双方に足を突っ込んできた、ボクの仕事かもしれないと思い上ったのだろう。
 実は、引き受けた理由はもうひとつある。二十代から三十代にかけてお世話になった人々が住んでいる、あるいは住んでいた常磐線に乗って、その昔を一人でしみじみと思い出す時間をもちたい。すっかり御無沙汰しているけれど、この県民大学講座の案内をどこかで目にして、「アイツガ来ルナラ、ヒトツ聞キニ行ッテヤルカ」といって会いに来てくれる朋友がいるかもしれないと、ひそかに期待したのである。
 はたして二人の旧知と再会し、この講座からひとつの句会が誕生した。「たしなみ句会」という。十王パノラマ公園と、日本でただ一つの鵜捕り場のある鵜の岬を交互に隔月で吟行しているから、芭蕉会議のメンバーも連れて来いという。
 この講座を引き受けてよかったと思う。

この村の蜷も田螺も素十恋ふ      村松 紅花
街に東風吹きそめ嫁ぐ日もきまり    石井 双刀
駅守る花見句会をあきらめて      戸井田 厚
残る鴨おほかた太り過ぎと見し     戸井田和子
若鮎も山女魚も育ちゐる闇か      小川背泳子
死してなほ翅に風ある蝶々かな     小沼  道子
燕は巣作り校長忙しき         鷺  孝童
一祝あり沼燕ひるがへり        鷺  くら
by bashomeeting | 2015-04-07 10:36 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting