2016年 08月 31日
この人の一首◆奥山酔朴『明日なき今日』渓声出版刊
満月を掌に載せ観覧車
▶▶本書は書名に冠して「歌文集」とある。短歌・俳句に加え、折々の文章を併せて一冊としたという意味であろう。東日本大震災は多くの人々の人生観を変えたというが、本書も全体にその色合いが読みとれる。平成28年8月20日、渓声出版刊行の迯水叢書第122篇。著者は青森県の人で関東在住。芭蕉会議やそこに至る二十年以上の歴史の証人の一人で、数々の力添えをいただいた。俳句を離れて短歌にしぼっていると聞いていたが、本書を見て俳句も作り続けていることがわかった。そこで、短歌に添えて俳句も一句紹介してみた。感傷的で、心余りて言葉足らぬところを個性とするが、その情の濃さを抑制しているものを選んだ。あまり逢う機会がなくなったので、僭越ながら目指して欲しい道筋を示したつもり。傲慢をおゆるし願いたい。
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2016年 08月 29日
はじめての連句◆脇起こし「山中や」九句
山中や菊はたおらぬ湯の匂ひ 芭蕉(秋)
縁側にある鈴虫の駕籠 いが(秋)
母と娘の持て余すほど月丸く 清秀(秋・月)
シャケのおにぎりハンペンの汁 文子(雑)
日記買ふ単身赴任二年目に 葉子(冬)
船の汽笛の霧に凍てゆく 康治(冬)
海猫が海猫を呼ぶ夕間暮れ 芳子(雑)
臑の入れ墨札付きの悪 某氏(雑)
恋したきころは戦争ばかりにて 海紅(恋)
▶▶二十一日から三泊四日で山中温泉に滞在。『おくのほそ道』のSchooling(集中講義)のためである。二日目に『おくのほそ道』の構造を考えるよすがとして、例年通りはじめての連句体験をしてもらった。掲出案はこれも例年通り、捌きの私が少々手を入れたもの。修正されるということも含めて、俳諧という文化を学んでもらった。機会があれば、参加者のみなさんに教えていただければ幸い。
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2016年 08月 18日
終戦の日を三日過ぎて◆霊あらば親か妻子のもとに帰る靖国などにゐる筈はなし 市村 宏(『東遊』)
沖縄の三日目は県立図書館が所蔵する山之口貘の文庫を見に出たのですが、その前に少し足を伸ばして糸満市に向かい「ひめゆりの塔」「平和祈念資料館」を廻りました。資料館の第6展示室で、戦後70年特別展「ひめゆり学徒隊の引率教師たち」がおこなわれていて震撼させられました。帰宅後に、すでに目録が出来ていることを知りましたので、詳細は別の機会に譲りたいと思いますが、ここでは師範学校や高等女学校の女学生の「疎開希望に対する教師たちの反応」についてのみ書き留めます。以下の二例を紹介するのは、最近も身の回りで似たような恫喝を聞いた気がするからです。この類の悪意はなかなか人間の身体から抜けないのだナと思うからです。とすれば、この七十年は何であったかとも思ったからです。
ちなみに、今年の八月十五日は仕事で、終戦日らしい気分にひたることもなく過ごして、夜はめずらしい人に誘われて銷夏に出かけました。
▶▶昭和十九年十月十日、大空襲。学生疎開希望続出。学校当局の対応はまちまち。その中の代表的な二例は「自分たちの島を自分たちで守らないで誰が守るか」「官費(奨学金)を全額返済せよ。教員免許を与えない」というものであった。
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