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海紅山房日誌

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芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

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この人の一句◆寺澤 始 句集『夜汽車』ふらんす堂刊

風鈴の一つ鳴りたる帰郷かな
屠蘇に酔ふ千里の果ての父母の家
乳吸ひて眠りて終戦記念の日
吾子二人胸に背中に一茶の忌
蜆汁母に詫びたきことばかり
青嵐耳に入らざる言の葉よ
抗鬱剤二錠服して薄暑なる
母とゐてケーキの苺崩したる
凧揚げの父の目元の変はらざる
聖書読む吾子と毛布にくるまりて
春泥や墓の数だけ恋ありし
母の日の妻も母なりケーキ焼く
啓蟄やサラリーマンの白き襟
子の尻を石に乾かす炎暑かな
顔を見て出席を取る震災忌
秋の日や汽車の車輪の匂ひたる
乳母車を陽の差す方へ七五三
志願理由書書き了へし子と蜜柑剥く
名刺交はす女教師の指の胼
作文の書けぬ子残れ小六月

▶▶寺澤始句集『夜汽車』。依田善朗跋。末尾の略歴に「東洋大学文学部国文学科中世近世文学研究会句会参加。谷地海紅より俳句の指導を受ける」とあり、「あとがき」に、(この研究会の)「先生のゼミではよく句会や連句会が行われた」ともある。世間に文学研究者や俳人・歌人は多いが、文学を必要としている人にはめったにお目にかかれない。そんな中で、寺澤始氏は学生時代から〈文学を必要としている〉人であった。書名の『夜汽車』は人生を紡ぐ東京・静岡・熊本を往き来した、長距離寝台特急(ブルートレイン)にちなむようだが、この書名もまことに私のイメージ通りで、ひとり夜行列車に人生を乗せてゆく、志ある男が髣髴とする。すなわち、大学卒業後は国語教員の夢を叶えて熊本に赴任。そこで、首藤基澄に師事して「火神」「幹の会」で研鑽し、「未来図」に入会。その後、横須賀の学校に転じて今日に至るが、俳句はその前後の十年あまりを中断。再開は横浜の超結社句会「熱刀句乱舞」との出逢いであるという。平成26年に未来図新人賞受賞。帯に自選12句を示すが、「顔を見て出席を取る震災忌」「作文の書けぬ子残れ小六月」の二句が上記の海紅共鳴句と重なる。依田善朗氏が「跋」に掲げる16句とは「顔を見て出席を取る震災忌」「乳吸ひて眠りて終戦記念の日」「吾子二人胸に背中に一茶の忌」「志願理由書書き了へし子と蜜柑剥く」「作文の書けぬ子残れ小六月」の5句が海紅の推薦句と重なる。先に句集『卒業』(ふらんす堂)を持つ寺澤佐和子は伴侶。俳人協会会員。ふらんす堂、平成31年8月刊。
by bashomeeting | 2019-08-26 17:48 | Comments(0)
 今年の終戦記念日は台風10号に見舞われている。

 台風で思い出すひとつに納豆売り体験がある。昭和34年に伊勢湾台風があって、5,000人を超える人が亡くなり、負傷者も4,000人近くに及んだ。ボクは北海道の空知川のほとりの小学校で生徒会の会長をしていて、顧問のK先生から「生徒会の役員全員で納豆売りをして、その収益を被災地に寄付してはどうか」という提案を受けた。通学前の早朝に、豆腐屋さんで納豆を仕入れ、「納豆はいりませんか」と家々を廻った。どのくらい続けたか、どれほどの収益があったかは忘れたが、懐かしい記憶である。

▶▶タイトルの歌の初出は「おほらかに地球は蒼穹(そら)をめぐれるを人ら境して何か争ふ(『憂の花』)」である。


by bashomeeting | 2019-08-15 17:07 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


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