新しき故郷
2006年 08月 24日
北海道とは思えぬほどの残暑であった。到着した日の夜は、このたび入会を許された「芦別ペンクラブ」の例会に出席、父も母も他界して、郷里との縁が薄れゆくことをさびしく感じていたが、ここにひとつの絆ができた。新しき故郷であった。翌日からは、姉や妹一族との再会を果たし、母の納骨を済ませ、子供を水泳につれて行ったり、私の卒業した小学校のグランドで息子や娘とキャッチボールなどもした。また、生家の草取りもすこしした。
郷里を離れる日は「星の降る里百年記念館」に立ち寄って、「特別展 歌人の書棚〈西村一平コレクション展〉」を見た。この企画の一切を担う学芸員の長谷山隆博氏に誘われていたからだ。前庭の芝刈りをしていた長谷山氏に〈学芸員さんは草取りもするのですか…〉と話しかけると、〈外は涼しいですから…〉と笑いながら迎えてくれた。氏は「芦別ペンクラブ」の中心人物で、入会に際してはあれこれ懇情を賜った。
西村一平とは、私が毎日のように立ち読みに通っていた、六花書房という書店の主である。立ち読みを咎められたことはない。いつも入口左のレジで、ものしずかに何かを読んでいる人であった。夢に三島由紀夫さんが現れて、赤シャツという店でコーヒーを飲み、一緒に出かけた書店でもある。六花とは雪の異称。その六花書房も赤シャツも今はない。
一平氏が与謝野寛・晶子に師事する明星派の歌人で、寛に〈いにしへの啄木、今の一平〉と愛されていたことは聞いていた。しかし、私にはまれに書物の代金を払う書店の主でしかなく、むろん文学の話などしたことはない。当時の私は貧しい家具建具製作所の息子で、立ち読みの常習者にすぎなかった。長谷山氏は葛西善蔵資料を含む常設展を含め、最後までお付き合いくださった。私はこの人との縁に胸を熱くして郷里を後にした。
こゝろなく寄りくる波とおもはれずくづるゝ時のひたむきを見よ 一平