人気ブログランキング |

海紅山房日誌

kaicoh.exblog.jp

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。

 ツバメの子が遊びに来ている。巣立ちは六月三十日(月)だから、二日ぶりの帰巣である。昨日の講義で、今年のホトトギスは終わったと話したが、今朝鳴きわたる声を聞いた。老鴬の声もまじって、心地よい朝である。

# by bashomeeting | 2014-07-02 08:39 | Comments(0)
 六月二十九日(日)は群馬県立女子大学の国語国文学会に招かれて講演をした。話の後半に至って、聴講者のなかに伊勢崎のharuさんがまじっていることに気づく。一般にも公開すると聞いてはいたが驚いた。講演後も予定が入っていたので、終了後に少し立ち話をして別れた。
 ボクの話は「なぜ芭蕉は旅に出たのか」というもの。従来説にある精神的な理由にはふれず、職業俳諧師という実務をめぐる話をした。つまり、点業という俳壇の仕組みは、安定的な収入を得ることに向いてはいても、すぐれた作品を仕上げるには適さない。それは連衆と直接座を囲む当意即妙の追求からしか生まれないからだ。
 それで会席に直に集う人々への直接指導へと乗り出した。それが旅立つ大きな理由のひとつ。点業という仕組みが定着している都会で、気兼ねなく直接指導を行なうのは、ギルドやヒエラルヒーの観点からむずかしかったにちがいない。
 深川隠棲という受け身の暮らしを否定し、晩年の十年間を旅に費した理由はそれなのだと結論づけた。なお、論旨の展開に不可欠と考えて、芭蕉の漂泊は「立ち帰る旅」から「行き交ふ旅」へと大きく変化するという話を添えた。
 芭蕉の本業とはなにか、連句とはどのような文芸か、そんなことがわからなければつまらなかったであろうに、最後まで熱心にきいてもらったことに感謝している。散会後に、誘われて有志と教員による懇親の会席にも加えてもらい、心地よく帰途についた。
 この地には何度か訪れているが、いつ来ても人心地のつく町である。教員、学生を問わず、ゆったりとした気風が残っていて、まことに懐かしいものがある。
 

# by bashomeeting | 2014-06-30 12:51 | Comments(1)
 今年は芭蕉生誕370年で、同時に没後320年ということもあり、各地に顕彰の行事が展開されている。江東区と俳文学会東京研究例会が共同で企画した公開講座「芭蕉生誕370年」(6月21日、於深川江戸資料館)もそのひとつで、塚越義幸さんとボクでその講師を務めた。
 ボクの演題は「求道の終着地―長明・兼好・芭蕉―」。話の要点は、芭蕉の出家は結局かなわなかったが、仏道にしたがい煩悩を断ち、悟りを得ようとした時期があったことは疑えない(『幻住庵記』その他)。そこで、まさしく出家を果たした長明の『方丈記』と兼好の『徒然草』の全体を視野に入れつつ、この二人と異なる芭蕉の求道の終着地を求めようというもの。すなわち、芭蕉の終着地は、仏道に敬意を払いつつも、帰依して浄土へ導いてもらおうとしない、現世(幻の世、仮の世)を承認する(受け入れる、聞き入れる)精神性にあるとした。

 朝露によごれて涼し瓜の土   芭蕉(元禄7・続猿蓑)

# by bashomeeting | 2014-06-30 10:36 | Comments(0)

 六月十四日(土)は久しぶりに与野本町界隈を楽しんだ。副都心化を誇るさいたま市で、与野はオアシスのような空間である。中山道でおいしいお蕎麦をいただき、円乗院(真言宗)を一見し、与野公園からばら園を散策して、句会場は西与野コミニティーホール1F会議室(市立図書館西分館)であった。

 企画の一切はK女史とKASYO氏に負うところが大で、緑蔭に身をまかせ、夏木立が影をおとす池の鯉になごみ、残るバラ、残るつぼみをめぐって、ありがたい一日を過ごした。 この町は公民館講座で数年お邪魔して以後、忘れられなくなったところ。K女史はボクをその講座に引っ張り出した知恵者で、KASYO氏はその受講者のお一人で俳人でもある。夕食に案内された南風というカフェギャラリーは蔵造りで、沖縄料理を堪能できる憩いの空間であった。通りすがりの旅人にも優しいその心配りは、K女史とKASYO氏の御苦労があってのことと感謝して帰途についた。

 

                  海紅 

薔薇残る薔薇のつぼみもまだ残る
バラの香や与野本町は空広し
腰伸ばす一人イケメン薔薇手入れ

 

# by bashomeeting | 2014-06-28 16:33 | Comments(0)
 『葛』(平26・7)で長逝を知りました。御長女が書き留める「ふるさと 粟島に帰りたかった」というあなたの嘆きに涙します。何度その言葉を聞かされたことでしょう。御一緒できた句会の数々に感謝し、武蔵野の一隅より御冥福をお祈りします。

  小さき肩抱いて遠くの桜見せ  村中美根子(『葛』平26・7)

# by bashomeeting | 2014-06-28 11:02 | Comments(0)
1,芭蕉が主君良忠没後に高野山に納骨に行ったという古伝は、いまだ証明する手立てがないので既成事実化してはならない。
2,「和歌」と前書する「行春にわかの浦にて追付たり」(笈の小文)に異形句はなし。あるとすればすべて誤伝である。

# by bashomeeting | 2014-06-01 15:48 | Comments(0)
阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍(芭蕉・江戸蛇之酢・延宝7)
馬ぼくぼく我をゑにみる夏野哉(芭蕉・水の友・天和3)
道のべの木槿は馬にくはれけり(芭蕉・野ざらし紀行・貞享1)
馬に寢て残夢月遠し茶のけふり(芭蕉・野ざらし紀行・貞享1)
馬をさへながむる雪の朝哉(芭蕉・野ざらし紀行・貞享1)
野を横に馬引きむけよほゝとぎす(芭蕉・猿蓑・元禄2)
蚤虱馬の尿する枕もと(芭蕉・奥の細道・元禄2)
馬かたはしらじしぐれの大井川(芭蕉・泊船集・元禄4)
柴付けし馬のもどりや田植樽(芭蕉・全伝・元禄7)

馬下りて高根のさくら見付たり(蕪村・夜半叟→遺稿・安永6後か)
紅梅の落花燃らむ馬の糞(蕪村・几董初懐紙・天明3)
馬の名も木の下影やちる桜(蕪村・落日庵・未詳)
癖のある馬おもしろし春の暮(蕪村・こまつか集・未詳)
脊のひくき馬に騎る日の霞かな(蕪村・落日庵・未詳)
道べたの御公家は馬にのられけり(蕪村・狐の茶袋・未詳)
馬の尾にいばらのかゝる枯野哉(蕪村・句集・未詳)
寒ごりに尻背けたるつなぎ馬(蕪村・稿本・未詳)
繋馬雪一双の鐙かな(蕪村・落日庵→遺稿・明和8前か)
凩やひたとつまづくもどり馬(蕪村・落日庵→句集・明和8前か)
雪白し加茂の氏人馬でうて(蕪村・句集・未詳)


# by bashomeeting | 2014-06-01 15:11 | Comments(0)
パンで消す自画像の口春の月
カルピスを助手席におき夏休み
蜩や使つて太る広辞苑
あんぱんのへそずれてゐる十二月

▶▶尾野秋奈句集『春夏秋冬』平成26年5月刊、ふらんす堂。著者は札幌生まれ。俳誌『童子』を経て、「船団の会」所属。「大(ひろ)」編集長。現代俳句協会会員。坪内稔典が跋と帯に筆をとる。
# by bashomeeting | 2014-05-27 17:51 | Comments(0)
 「お父さん」と呼ぶ人が三人いる。実の父親と夫の父親と夫、である。実の父親のエピソードは、故人となっていることもあり、私にとっては特別であるが、他人にとってはそうとも思えないので口をつぐむ。夫の父親はつまり義理の父であり、義理をかたるのはむつかしい。残るのは夫のみである。少々反則気味であるが勘弁してもらいたい。
 夫のことを「おとうさん」と呼ぶと、非難する友人がどこに行っても一人はいる。(中略)友人の非難には「子どものことばっかりで、自分というものがない」という意味が込められているが、「自分というものがない」なんて、身軽で素敵なことではないか。(以下略)  ―二村典子「父」より―

▶▶船団の会編『俳句の動物たち』2014.5刊、人文書院。「会員のエッセーによる、あたらしい読む歳時記」(帯)。イヌ・イタチ・イノシシ・ウサギなどに始まり、虫や鳥に続いて人間という一章を設けているところがおもしろい。

# by bashomeeting | 2014-05-24 16:40 | Comments(0)
明治という時代を膚で実感できる世代はすでにいなくなった。(序)
秋の風我等明治の青年の危機をかなしむ顔撫でゝ吹く 啄木(序) 
江戸幕府を倒し、明治新政府を樹立する中心となった勢力は、言うまでもなく薩摩・長州であった。必然的に新政府においても、薩摩・長州出身の者たちが、枢要の位置を占めるようになったが、短歌の世界においてもその傾向は認められた。(薩長の歌人たち)

▶▶山田吉郎著『明治短歌の河畔にて』2014.5刊、短歌研究社。近代俳句史を考える手掛かりとして「Ⅰ 旧派和歌と近代の足音」「Ⅵ 明治の終焉と近代短歌」から、謹んで読み始める。
# by bashomeeting | 2014-05-24 16:18 | Comments(0)
  五月十二日の夜から翌朝にかけて雨。人の暮らしにとって、恵みの雨といえるほどではなかったが、ツバメの巣の修復には慈雨であった。雨を含んで黒々とした土が運ばれ、半日たらずで完全に復元。まもなく二度目の産卵期に入るのだろう。

  別れずに麦刈つてゐし夫婦かな  渡部余令子
# by bashomeeting | 2014-05-14 14:00 | Comments(0)
 五月五日。今日は立夏で端午。
 昨夜は深く眠って、明け方五時過ぎに、伊豆大島近海を震源とする地震で目を覚ました。外に出ると、ツバメの巣がこわれて、卵がいくつか地面につぶれている。地震のせいではなく、三度目のカラス襲来か、はたまたノラ猫のハイジャンプの仕業であろう。二度目のカラスから巣を守り切ったボクは、その後も油断なく、蛇に擬したホースを垂らすほかに、簾までぶら下げて外敵からツバメの巣を守っていたつもりであった。しかし、その集団的自衛権も、ツバメカップルによる集団的攻撃権も役に立たなかった。力学とは厳粛なものである。

  燕は巣作り校長忙しき  鷺 孝童



# by bashomeeting | 2014-05-06 10:25 | Comments(0)
 五月四日。今日で春は終わり。
 連休なので、人並みに一日くらい仕事を放り出して郊外に出かけ、空いている安宿でもあれば、ふらと泊まってもよいと考えた。在来線で高崎・前橋あたりをうろうろして、観光案内所の世話になったが、この時期の宿にアキなどあるはずもない。月齢六日の春月をながめながら、同じ在来線で帰宅した。

  けふのみの春をあるいて仕舞ひけり  蕪村
 

# by bashomeeting | 2014-05-05 16:27 | Comments(0)
問い 次のⅠⅡの違いについて説明せよ。
Ⅰ 集団的自衛権(Right to defense two or more countries in cooperation)
Ⅱ 集団的攻撃権(Right to attack two or more countries in cooperation)


# by bashomeeting | 2014-05-04 10:27 | Comments(0)

One day the big bad wolf came and knocked on the first little pig's door and said "Little pig, little pig, let me come in." And the little pig answered "No, no, I won't let you come in, not by the hair on my chinny chin chin." "Well," said the wolf, "then I'll huff and I'll puff and I'll blow your house in." So he huffed and he puffed and he blew the house down and ate the little pig.(The True Story of the Three Little Pigs)


▶▶▶子どものころ読んだ本に『ジャックと豆の木』というのがあった。少年ジャックが母の言いつけで、市場に牝牛を売りにゆくのだが、途中で会った男の話に乗せられて豆と交換し、母親からひどく叱られる話。しかし、怒りのあまり母が庭に捨てた豆は次の朝には巨木に成長。ジャックはその豆の木を登って、雲の上の人食い男の住む城へ。人間の匂いをかぎつけた人食いをだまし、その妻はジャックを逃がそうとする。そして人食いが寝入ったすきに、ジャックは金の卵を産む鶏を盗んで、地上の家に戻る。味をしめたジャックはふたたび豆の木を登っては金銀を奪い、 ハープを盗もうとするが、なぜかハープが喋り出して人食いは目を覚ます。しかし、どうにか逃走に成功して、地上に着いたジャックは豆の木を斧で切り倒し、追いかけてきた人食いは地上に落ちて死ぬ。こうしてジャックと母親は裕福になるという話だが、話の発端になった牛は、その後どうなったのであったか。


 Globalizationの波が押し寄せて、いま環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉をめぐるニュースがマスコミを賑わせているが、豚肉や牛肉の関税を○○%に引き下げる、1キロあたり○○円程度で詰めの作業を急ぐなどという、人間同士だけの話を聞かされ続けると、ついつい牛や豚はそんな人間をどう見ているのかと考えてしまう。


  筍の竹になるより外はなし  刈谷次郎丸


  


# by bashomeeting | 2014-05-04 09:01 | Comments(0)
……肩書を私から求めたことは一度も無い、望まれれば、どの仕事も熱心に務めただけ。
今生の終焉ももう遠くない。今しも創刊しようという「秦恒平選集」は「一期一巻」のいわば「紙の墓=紙婢」になるだろう。(『秦恒平選集』第一巻「秦恒平選集 創刊に際して」より)

▶▶▶本書は平成二十六年(2014)四月十五日発行。著者秦恒平。発行者秦建日子。発行所湖の本版元。「みごもりの湖」「秘色」「三輪山」の三篇を収む。一五〇部限定(私家版・非売品)。御恵与に感謝しつつ、関心ある朋友にむけて紹介の筆をとった。

  わが影に畦を塗りつけ塗りつけて  素十

# by bashomeeting | 2014-05-03 10:08 | Comments(0)
   自 嘲     魯迅
運は華蓋に交り何をか求めんとす
未だ敢へて身を翻さざるにすでに頭を碰つ
破帽に顏を遮して鬧市を過ぎり
漏船に酒を載せて中流に泛ぶ
眉を横たへて冷ややかに対す千夫の指
首を俯れて甘んじて孺子の牛と為る
小楼に躱れ進みて一統を成し
その冬夏と春秋とに管はん

▶▶▶「華蓋」はカガイで天蓋。「碰つ」はアツで打つに同じか。「鬧市」はドウシで繁華な街。「千夫の指」は大衆の声か。「孺子」は子ども、未熟者。「躱れ」はノガレか。「管はん」はカマワンで関わろう、満足しようなどの意か。吉野源三郎『職業としての編集者』(岩波新書)参照。

  麦飯を蔑みし過去麦の秋  海 紅


# by bashomeeting | 2014-04-27 12:54 | Comments(0)
 春なり。巣も同じ。巣を去るは秋なり。帰るも秋なり。○つばくらめといふはきらふ詞なりと云々(産衣・元禄11)

▶▶▶今年のツバメは三月末にやってきた。傷んだ古巣に黒い土を運んで、修復を終えたのは四月十日過ぎであったか。その後カラスが二度襲来。めげずに巣を整え直して、このごろは毎晩帰巣する。おそらく卵を抱いているのだ。日中のそれとは異なり、真夜の寝覚め声のひそやかで愛らしいこと。彼らにも眠れぬ夜があるにちがいない。

# by bashomeeting | 2014-04-27 04:31 | Comments(0)
我のみの柴折りくべるそば湯かな 蕪村(句集)
江戸店や初蕎麦がきに袴客 一茶(八番日記)

▶▶▶十二日(土)の白山句会は、Kさん、Mさんのお世話で深大寺と神代植物園を歩いた。終わって蕎麦屋「門前」(深大寺元町)で会食。芭蕉会議編集長の所望で、予定外の蕎麦掻きがふるまわれた。飲みものである蕎麦湯にくらべて、食べものの蕎麦掻きは贅沢なもの。そんな違いを理解するために蕪村と一茶の句をあげてみた。蕪村句には彼の好んだ閑居の味が出ており、一茶句には大都会で目撃したであろう晴れがましい人事がよく表現されているように思う。なお、ボクらの蕎麦湯はお店のすすめで焼酎を割って楽しんだ。蕎麦湯・蕎麦掻きともに冬季の横題(俳諧題)。

  髪白くなるまで生きて桜狩
  くちびるの厚き御影や春灯
# by bashomeeting | 2014-04-13 17:36 | Comments(0)
夫伊豆の御宮ハかけまくもかしこき天照太神第一の皇子正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊にして日本第二の宗廟と崇め関東の惣鎮守なり往古より武門誓詞の證明海運擁護霊神と稱し奉る

▶▶▶これは文化十一年(一八一四)に般若院別当周道なる人物が編んだ『〈正一位勲二等關東惣鎮守〉伊豆国伊豆御宮伊豆大権現略縁起』の冒頭(〈 〉内は二行割り。ルビは省略)。恥ずかしながら、伊豆山神社が『日本書紀』にいう天照大神から生じた第一神「正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊」を祭神とすることを初めて学んだ。「マサヤアカツカツハヤビアメノオシホミミノミコト」(同書ルビ)と読む。大学院ゼミ一泊研修(2/24,2/25)で伊豆山神社参詣の産物。根拠のない話という連想でこんな旅を思い出した。
# by bashomeeting | 2014-03-11 10:24 | Comments(0)
 二月の二度の雪は、春雪(牡丹雪・淡雪・斑雪・なごり雪)の本意をくつがえすものだった。屋根からの落雪で、門前の松のしっかりした枝が数本折れて傷ましい景色であるが、今朝見上げると、透明の松ヤニが傷口をたっぷりと覆って頼もしい。下らない微熱と、あがらない気力で過ぎたボクの一ヶ月もそろそろ仕舞いにして、滞っている仕事を少しでも回収したいと思う。

 今日はあの地震と津波、そして原子力発電神話の崩壊からちょうど三年目になる。ここにいう神話とは、根拠がないのに信じようと努力してきた話という意味である。
 本意と根拠と、どこか似ていなくもない。

  向ふより見れば霞める我ならん   安田蚊杖
# by bashomeeting | 2014-03-11 07:54 | Comments(0)
無花果会の初句会は例年神楽坂の志満金のお世話になる。入り口にある大田蜀山人(南畝)先生の額を必ず拜んで座敷へ。「飲酒法令」「酒ハのむべし さけハのむべからず」と題する南畝先生の一つ書き、すなわち五箇条は以下の通り。

一 節供祝儀にハのむ
一 さかなあれハのむ
一 珍客あらハのむ
一 雪月花の興あれハのむ
一 二日酔の醒を解にはひとりのむ

ボクラの場合はさしずめ「雪月花の興」である。高分子工学博士で今年九十三歳を迎えるN先生のお申し出に甘えて、披講をお願いする。御長寿にあやかるよい会であった。

                        海 紅
冬菜ありその屑もあり懐かしき    
大好きな冬菜を漬けん年老いん
一畝に並べて葱と小松菜と
千両の赤に気づきて雀二羽
寒菊の寄り掛かりゐる庭箒
復旧の炉にまだ誰も居らざりし
# by bashomeeting | 2014-01-23 12:15 | Comments(0)
正月は年賀で勉強仲間数人の来訪がある。その一人が「こんなモノが手に入りました」と言って、「秘伝豆酩(ひでんとうべい)」をくれた。ビールから清酒へと切り替えてみんなで酒肴にする。各人絶賛。各人酩酊。いわゆる豆腐の味噌漬けの一種で、「(有)豆匠 嶋津」(熊本県上益群山都町)の傑作であった。

  膝立てて天を祓ひぬ弓始    斎藤 萩女
  膝引きて大地祓ひぬ弓始     同
# by bashomeeting | 2014-01-23 11:33 | Comments(0)
  平成二十六年 歳旦
妻の目の高さに掛くる初暦     海 紅
# by bashomeeting | 2014-01-01 00:58 | Comments(0)
 振りかえるべき事柄をいくつも残しながら、平成二十五年(2013)が終わろうとしています。今となってはいたしかたなく、残された事柄は新しい年の課題にして、除夜の鐘を待つことにいたします。年明けには、芭蕉会議にあたらしく加わられた方々に挨拶のe-mailを差し上げ、句会や研究会へのお誘いをしたいと思います。

 今年の芭蕉会議の集いは一泊の年忘れ句会として、五浦・平潟を吟行しました。十二月十四、十五の二日間で、復旧なった岡倉天心ゆかりの地と、これまた津波被害から立ち直った野口雨情のふるさとを訪ねました。たくさんの冬波をみました。震災や原発の記憶と戦っていたり、避けがたい恙と向き合っている友だちとも再会し、共に大切な時間を過ごすことができました。この企画を進めてくれた人々や、参加してくれた仲間に厚く御礼申し上げます。

     歳晩
鴉来て冬田まことにそれらしく
大観も観山も来よ炉辺淋し
除夜の鐘聞きに戻れる我が子かな
何事もなかりしごとく年の行く
# by bashomeeting | 2013-12-31 12:00 | Comments(2)
Youth is not a time of life,it is a state of mind.

▶▶▶海紅句抄「焚火の輪くづれて峡の旅終る」より抄出。
# by bashomeeting | 2013-12-25 10:12 | Comments(0)
『at home』のエッセイを書く都合で「長閑(のどか)」「長閑(のど)けし」を春季とする根拠を知りたくなった。『万葉集』から始めて『古今集』へと進んで、有名な二首「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(業平・古今集・春上)、「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ」(友則・古今集・春下)まで来て、たぶんこの二首あたりを証歌として春の言葉に定まったのではないかと考えた。

だが、念のために『図説大歳時記 春』(角川書店、27頁)を見ると〈「のどか」「のどけし」ともに『万葉集』『古今集』には用いられていない〉とある。これは尾形仂先生の執筆である。あの大学者にして、このような見落としがあるのはなぜか。念のため山本健吉の『基本季語五〇〇選』(講談社学術文庫、14頁)をみる。怠惰なボクにはめすらしい。すると「のど」は「和」で、なだらかの「なだ」に通じ、「のどには死なじ」(『宣命』)とあって「無事」の意味もあるという語源論に重きが置かれ、季の定まった時期についてはふれていなかった。『古今集』の業平・友則歌を春季の根拠にしてはまずいだろうか。まだボクに勉強の余地があるのだろうか。

そこで、とりあえずボクの目に入った『古今集』以外の用例、のちのために。

風はいととく吹けども、日のどかに、曇りなき空の(源氏物語・常夏)
程へてみづからのどかなる夜おはしたり(源氏物語・若紫)
うしろやすくのどけきだに強くば、うはべの情は、おのづからもてつけつべきわざをや(源氏物語・帚木)
君はいとのどかにて(堤中納言物語)
浮き沈み淵瀬に騒ぐ鳰鳥はそこものどかにあらじと思ふ(敦慶親王・後撰集・恋六)
帰るさをいそがぬ程の道ならばのどかに峰の花は見てまし(忠通・千載集・春上)
などてかく雲隠れけむかくばかりのどかにすめる月もあるよに(命婦乳母・後拾遺集・哀傷)
人の来たりて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし(徒然草・一七〇)
# by bashomeeting | 2013-12-22 11:04 | Comments(0)
    十一月二十九日          海 紅
そのことを知らず過ぐせる案山子かな
先生のゐなくなりたる冬日かな
みんなそこにゐるのでせうか冬銀河
# by bashomeeting | 2013-11-30 04:48 | Comments(0)

再掲◆軍隊について

2008年 08月 14日に「忘れ得ぬことば◆軍隊」と題して、次のような一文を紹介した。そしていま、東日本大震災とそれに伴う福島原発事故以後の身辺を悲しみつつ、にわかに再読してみたくなった。

軍隊は、いくさをする人の集団である。いくさとは、軍隊と軍隊とがたたかうこととされている。したがって軍隊以外の市民・国民をいくさの対象とすることは、軍隊の本来のありかたではないことを自覚した軍隊であって欲しい。
右のことを原則にして、まず、日本の軍隊は国内治安のために出動することを禁じられた軍隊であって欲しい。
つぎに、非戦闘員への加害と次代への後遺症を防ぐために、核兵器・化学兵器を一切装備しない軍隊であって欲しい。そして、このことを世界にむけて言明できる政府の政策を望んでやまない。
                                        ―本田徹夫― 
                          ―『思想の科学』(思想の科学社、昭和57・7)―

The armed forces are fighting groups. War is that the armed forces fight against the armed forces. Therefore it is a mistake to call a fight of the civic participation war. Therefore, the Japanese armed forces must not be dispatched for the domestic peace and order.And do not be equipped with a nuclear weapon and chemical munitions to avoid the civic damage and future aftereffects. I hope in the Japanese Government to declare this for the world.            - Tetsuo Honda -


【五年を経て思うこと】
Like a sickle and the hoe of the farmer, can you have a weapon without murdering innocent people to live?

  落葉舞ふ奚琴(ヘグム)いよいよ終章へ  海紅
# by bashomeeting | 2013-11-25 20:53 | Comments(0)

卑しき心

 いくら時代が変わっても、資金さえあれば本を作って良いというものではあるまい。少くとも、そういう民主主義からは芭蕉の心は理解できないのである。これは、ひと様にむかって言うのではない。わたしには、自分自身のことが一番大切である。本を作るのに、それが「卑しき心」から出た仕わざではないかという恥じらいを、もし失ってしまったなら、わたしも一巻の終りである。     ―玉城徹『芭蕉の狂』角川選書―
# by bashomeeting | 2013-11-17 20:43 | Comments(0)

芭蕉会議、谷地海紅のブログです。但し思索のみちすじを求めるために書き綴られるものであり、必ずしも事実の記録や公表を目的としたものではありません。


by bashomeeting